約 1,012,678 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/1039.html
その一言は酒場に居合わせた全員を凍らせた。 彼の声はよく通ったからだ。 軍隊の隊長ともなればそれが当たり前である。 ワルドやルイズ達を除いた全員が状況を理解できていないだろう。 今目の前で何が起こった? どう見ても貴族の男性がだ、どう見ても子供に決闘を申し込んだのだ。 しかも平民のだ。 その見たことのない服装は少なくとも貴族のものではなかった。 と、ようやくその冷ややかな視線に気づいたのか、ワルドがあわてて釈明をする。 「いや、違うぞ?何も君を苛めたいわけじゃない。これから僕たちはとても危険な任務に向うからね。君がついてくるとなるととても危ない。だから君におとなしく帰ってもらおうと説得のために決闘を申し込んだのさ」 まるで演説でもしているかのような白々しい言葉に観衆は納得しない。 わざわざ決闘をする必要はないだろうに、と。 「き、君は、そこのギーシュ君と決闘して偶然にも勝利を収めたそうじゃないか!!そこの使い魔の力を借りて!!だから君の中に芽生えているであろう妙な自信を打ち砕く必要があるのさ」 ようやく視線の先がワルド以外に動いた。 「ええ、その通りです。ワルド子爵。確かに僕は負けました。しかしそれは偶然でもそこのケルベロスの力でもありません。僕が未熟だったからです」 こちらも、武門の生まれらしいよく通る声で答える。 自分が負けたことを認めたばかりがそれが自分の未熟さゆえだったとこれだけの人数の前で公言することが一体どれだけの屈辱だろうか? もしギーシュがこれを屈辱だととらえているのであればその心意気には敬意を示さねばならない。 もし彼がこれを屈辱だと思わないほどに達観しているのであれば、これ以上彼をだますことには気が引ける。 そこまで考えたみかんの目には涙がたまっていた。 あの決闘以来、ギーシュは自分を妹のように可愛がってくれたではないか。 もう、これ以上だますわけにはいかない。 例えこれで嫌われても良い。 真実を話さなければならない。 涙をぬぐったみかんが発した一言を誰が予想できただろうか? ワルドさえも、みかんは決闘を受けることなく帰ると思っていたのだ。 流石にこんな小さな子供を戦いに巻き込みたくはなかった。 「そのけっとう、うけます!!」 涙ながらにそう叫んだ少女は人の目にどう映っただろう。 ギーシュは人生の中でこれ以上出したことがないだろうという大声で叫んだ。 「その決闘!!僕が肩代わりさせてもらう!!」 その一言が響き渡り、皆が茫然とし、客の一人がジョッキを落として割ってしまった頃に、その言葉がようやくみかんの頭にしみ込んだ。 それが嬉しすぎて悲しすぎて、大泣きしてしまう。 なだめるように頭を撫ででくれるその手にさらに大泣きしてしまう。 話そうと思っていた真実をしゃべれない。 みかんが泣きじゃくりどれだけギーシュの袖を掴んでも、それは優しくほどかれてしまった。 それはもう凄い人だかりであった。 酒場の男たちはそうじて噂好きであった。 『変な自信をつけた平民に貴族が決闘を申し込み、それを他の貴族が肩代わりした』噂は瞬く間に広まった。 しかも片方はあのグリフォン隊の隊長、もう片方も有名な部門の子息であるというではないか。 人が集まらないわけがない。 ギーシュが決闘の準備を済ませる間にギャラリーの数は百を超えていた。 若干頬をひきつらせたワルドがギーシュを迎え、諭すように語る。 「ギーシュ君、僕は何も本気で彼女を叩き潰すつもりではなかった。危険な任務に連れて行きたくなかったからこそ決闘を申し込み諦めさせようとしたのだ」 「分かっています。ワルド子爵もまさかみかんちゃんが決闘を受けるとは思っていなかったのでしょう」 「ああ、そのと」 「ですが!!彼女は決闘を受けた!!この決闘をなかったことにすることはできない!!そして!!彼女を戦わせるわけにはいかない!!」 説明口調の二人のおかげでワルドが悪者として噂になることはなくなっただろう。 しかし、引っ込みがつかなくなったかわいそうな貴族としては語り継がれるに違いない。 ワルドは考えていた、これはもうギーシュをこて先で払いのけみかんを優しく諭す以外に道はないと。 彼は貴族だ。 世間体が悪くなって快く思うわけがない。 ワルドがどんな勝ち方がもっともかっこいいかを考えているとみかんがルイズの静止を振り切ってギーシュに駆け寄った。 「ギーシュお兄ちゃん!!」 「みかんちゃん。大丈夫。不様な負け方はしないさ」 「ちがうの!!」 せっぱつまった叫び声にギーシュは多少驚いたが、混乱しているのだろうとみかんの頭をなでた。 「大丈夫だよ、だいじょ」 「だからちがうの!!」 「…何が違うんだい?」 「あのけっとうでわたしが勝ったのはずるなの!!あのときギーシュお兄ちゃんは魔法をつかえなかったの!!」 それが平時であれば、ギーシュを励ます言葉だととらえたことだろう。 もしかしたら侮辱だととられるかもしれない。 しかし、彼女の眼に宿る決意は無視できるものではなく、それはワルドも同じであった。 「私、一個だけだけど魔法が使えるの!!」 その突然の告白に一番驚いたのはルイズだった。 「え?!あんたメイジだったの?」 その質問にみかんは首を横に振った。 「ん~ん。みこだよ。わたしはけっかいを使えるみこなの。そのけっかいの中ではどんな魔法もマジックアイテムも使えないの」 そういったみかんは玉串を手にしてそれを左右に動かし始めた。 右手のルーンが眩しく輝くのが見える。 ギーシュはその話を一片も疑おうとはしなかった。 ただ、みかんを見つめていた。 ルイズやキュルケ、そしてワルドも驚きを隠せなかった。 タバサですらだ。 「あんたその杖?!やっぱりメイジなんじゃない!!」 「ちがうよ?みこだもん」 「メイジと何が違うって言うのよ?」 「メイジとちがって、わたしのこれは生まれつきじゃないとつかえないの」 「…そんな、馬鹿な話が」 「じゃぁ、ワルドおじさんは魔法使えるの?」 その一言をきっかけに、あたりにいたメイジは一斉に魔法を唱え始める。 もちろん発動することすらなかった。 ただ一人、魔法を試そうとすらしなかったギーシュがみかんに手を伸ばした。 みかんはぎゅっと目をつぶる、叩かれると思ったのだ。 「話してくれてありがとう、みかんちゃん」 「へ?」 自分をたたくと思っていたその手は自分を優しく撫ででいた。 「たとえどんな経緯であっても、僕が今の世界にいるのは君のおかげだ」 そういってギーシュはみかんを抱きしめる。 みかんは、ただ嬉しくて泣いていた。 みかんが泣きやみ、群衆がいまいち状況を理解できないながらもその美談にもらい泣きしたりしたころ。 ワルドが口を開こうとしていた。 今なら決闘をうやむやにできると踏んだのだ。 それより早くギーシュがしゃべりさえしなければ確かにそうだっただろう。 「それでは、決闘を」 突っ込みを入れたのはルイズだ。 「ちょっと、あんた!!この子が戦力だと分かった以上もう決闘をする必要なんて!!」 「それは違うよ、ミス・ヴァリエール。決闘は、簡単になかったことにできるようなものじゃない」 その決意の込められた口調にワルド以外は心を打たれた。 「……ああ、決闘といこう」 「ちょっと、ワルド様まで!!」 「僕は大きな失態を犯してしまった。ひとつ、彼女が彼に勝ったことをまぐれだと疑わなかったこと。そして、少女に家に帰ってもらいためとはいえ決闘を口にしたことだ」 (もう、こうなったら格好よく勝つしかない!!) 「ギーシュお兄ちゃん…」 今やワルドは誰の目にも悪である。 ギーシュがワルキューレを五体作り出したことを合図に、決闘は始まった。 結果を言えばワルドの圧勝であった。 風で巻き上げた砂の煙幕、素早い剣のような杖での一突き。 鳩尾にそれをくらってしまったらひとたまりもない。 「まったく、君は大した騎士だよ」 その言葉をぼんやりと聞きながらギーシュは気を失った。 観衆のギーシュに対する評価は「かっこいい」 ワルドは「少し大人げない」だった。 すがすがしそうなギーシュとは真逆にワルドはその日一日落ち込みっぱなしで会った。 宿に戻ればみかんへの質問攻めである。 もう下手に隠す気のなかったみかんは異世界やみこ、アストラル、神道、その全てを話した。 しかしオルトロスが自分の使い魔であることやこの世界の魔法を少しなら使えることは黙っておいた。 ルイズ以外は感づいているような気がしたがそれで問題ないだろう。 特にタバサの質問はすごかった。 あらゆる魔法を無効化できるのであれば、母も救えると思ったからだ。 しかし、ただの薬で心が壊れたのならそれについては保証しかねるといわれ、落ち込んでいた。 もっとも、仮に治せるとしてもその母をここまで連れ作ること自体が困難ではあるのだが。 連れてこれたとしても今すぐに病気を治してしまうのは得策ではない。 みかんの能力についてあらかた説明を聞き終えた一同は明日のために英気を養おうと酒場で飲んだくれていた。 みかんはお酒が飲まないのでジュースだ。 タバサのはしばみ草を間違えて食べてしまいあわててジュースを何杯も飲んだ結果、腹がふくれてしまい、何をするでもなくぼんやりと外を眺めていると、矢じりがその頬をかすめる。 戦うべきか? 戦わざるべきか? ワルドの提案でみかんたちとギーシュ達は別れることになる。 まだ疲れが抜けきっていないだろうにギーシュのみかんを送り出す笑顔にはワルドにも勝るなにかがあった。 みかんはそれを支えになれない戦場をオルトロスに乗ってかける。 途中奇襲がないか気にかけてはいたが、意外にも何もないままに港につき、ワルドの交渉の甲斐あって船は出港。 後はただ待てばいいだけかと安心したのもつかの間、海賊に襲われ今に至る。 こちらに大砲を向けてくる船を見たみかんは口を開いた。 「ねえ、ワルドおじさん」 「なんだい?」 「あの船のひこうせき、だっけ?それがつんであるのってどこ?」 「え?」 「これだけ近かったらおとせるよ、たぶん。あの船の上についてゆっくり後をついて行けばついらくして終わりだとおもう。ふねのおしりがたくさんのやでとげとげになっちゃうかもしれないけど」 ワルドは顔を歪めた。 レコン・キスタの彼にとってあの船はいわば同胞、戦いたくなどない。 「それはだめだ、善良な人質がいるかもしれない。いったんおとなしく捕まってから逃げだそうじゃないか」 人質がいるとは思えなかったが、そう言うしかない。 幸いにもみかんはそれを疑えるほどには経験がなく、王子と出会うのも時間の問題となった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/492.html
ミス・ロングビルは手鏡を見つめていた。 手鏡に映るのは自分の姿ではなく、トリスティン魔法学院の廊下、それも女子寮の廊下だ。 一通り見終わると、今度はルイズの部屋が映し出される。 理由は分からないがルイズの部屋には誰もいない。 ロングビルは手鏡を懐にしまうと、サイレントの魔法で足音と扉の音を消しながら、女子寮に向けて歩いていった。 ロングビルは、ルイズの部屋の扉に魔法が仕掛けられていないかを慎重に確認し、ドアを開けようとした。 だが、背後から扉の開く音が聞こえ、慌て手を引っ込めた。 「…ミス・ロングビル?な、何でこんな時間に」 開かれたのはキュルケの部屋、顔を出したのは、ネグリジェの上にマントを羽織ったキュルケだった。 幽霊騒ぎ以来、ルイズとタバサの二人を連れてトイレに行く習慣がついたキュルケは、予想外の人物が廊下にいたため、焦りを感じていた。 『微熱』どころか『情熱』とも呼ばれるキュルケは、生徒たちの嫉妬と羨望のまなざしを受けることを喜びに感じている。 しかし、もし目の前にいるロングビルに、『自分は一人でトイレに行けない女』などとバレてしまえば、キュルケのイメージを転落させる弱みを握られたことになる。 キュルケはかつて無い程に、頭を悩ませた。 しかし、ミス・ロングビルもまた、不味いところを見られたと言わんばかりに狼狽えていた。 オールド・オスマンの秘書であるロングビルが、魔法の手鏡でルイズの部屋をのぞき見したり、夜中に忍び込むなどという行為は、明らかに職権の乱用だった。 そもそも国内外から貴族の子供を集めた学院では、授業こそ非常に高度であり、しかも厳しいが、生徒の私生活にふれることはある種のタブーだ。 全寮制の教育機関ではあるが、何らかの規則に違反した者がいない限り、教師も学生寮にはあまり入らない。 それについてオールド・オスマンは『生徒の自主性を尊重する』という教育方針だと説明することが多い。 実際は、自堕落な生徒や、問題を起こす生徒を早々にあぶり出す『罠』であり、生徒の親が学校の規則を権力でねじ曲げようとする前に退学させる『罠』なのだ。 キュルケは『トイレに一人でいけない女』という弱みを見せずにどうやって誤魔化すかを考え、ロングビルに『生徒のプライバシー侵害』という弱みをどうやって誤魔化そうかと考えていた。 十分後、見つめあう二人を発見したタバサが 『ルイズは夜中一人でトイレに行くことが出来ない』 と説明することで、キュルケは難を逃れることになる。 「処分しておけ」 「はい」 地下牢から出ると、モット伯はルイズを捕まえたメイジに命令した。 処分しろ、ということは、モット伯はあの二人への興味を失ったのだろう。 グレーのマントを身にまとったメイジは、命令を頭の中で反芻しつつ、静かにため息をついた。 「静かだな」 地下牢に降りたメイジが、素直な感想を呟く。 モット伯の希望した通り、オークに嬲り殺されたのだろうか、それとも二人とも気絶したのだろうか。それを確認するため牢屋の明かりを灯す。 ルイズの入っていた牢屋の奥、鉄格子の向こう側で、オークが宙に浮いているのだ。 メキッ、メキッ、と、オークの首が見えない何かに締め付けられるように細くなっていく。 オークは鳴くこともできずに口から泡を吹き、白目をむいていた。 「オラァッ!」 ルイズの声と共に、オークの体が蛙のように飛び跳ね、天井にぶつかった。 メイジには多少混乱はあったが、数々の経験から、攻撃呪文で手当たり次第を攻撃するしかないと判断した。 ウインド・カッターの魔法で、鉄格子の隙間から風の刃をぶち込み、牢屋の中にいる者をすべて切り刻もうとした。 しかし、杖を持った右手に激痛が走り、杖を落としてしまった。 「っ!な…」 右手を見ると、手の甲に突き刺さった牢屋の鍵が、手のひらまで貫通している。 よそ見をする間もなく、ベキベキと音を立てて鉄格子が開かれる。 開くと言っても扉ではなく、鉄格子の隙間が力づくで開かれているのだ、メイジは悲鳴を上げそうになったが、慌てて杖を拾い階段を駆け上がった。 牢屋から、長い髪の毛を心底邪魔そうにかき上げつつ、ルイズが姿を表した。 ルイズは隣の牢屋を見ると、牢屋に向けて手を向ける。 何かを引っ張るように手を振ると、それに併せて鉄格子が根本から引きちぎられていった。 ルイズは鉄格子の隙間から牢屋に入ると、気絶しているシエスタを担ぎ上げようとしたが、体力のないルイズではシエスタを担ぎ上げることはできない。 「…やれやれ」 ルイズが小さく呟くと、シエスタの体は宙に浮き、ルイズの背中に乗せられた。 バタン!と音を立てて開かれた扉は、モット伯私室の扉、そこにはモット伯と、服を脱ごうとしている10歳ぐらいの少女がいた。 「な、何だね!」 「すぐにお逃げ下さい!」 モット伯は男の無礼をとがめようとしたが、男が右手から血を流しているのを見て、考えを変えた。 グレーのマントを羽織るこのメイジは、モット伯に長年仕えている。 特に汚れ仕事は任せることも多く、信頼も厚い。 その男が負傷し、血相を変えて飛び込んできたのだ、彼の態度がかつて無い緊急事態であることを告げていた。 モット伯はベッドの脇に置かれたバッグを掴むと、杖を振って壁の絵画を回転させた。 すると額の下の壁がゴゴゴと音を立て、隠し扉が開く。 狭い入り口に頭をぶつける程慌てながら、モット伯は隠し通路の中へと入っていった。 服を脱ごうとしていた使用人の少女は、何がなんだか分からず狼狽えていた。 メイジは使用人に「君も逃げなさい」と告げて、モット伯の部屋の扉を閉めた。 廊下の奥から危険な気配が近づいてくる。 牢屋に通じる階段から、恐るべき『気配』が近づいてくる。 風のトライアングルであるメイジは、地下牢への通路を塞ぐため、エアハンマーで通路の周囲を破壊する。 壁や天井から落ちる石材が、地下牢へと続く階段に降り注ぎ、階段を埋めてしまう。 少しは時間が稼げるかと思いこんだメイジの目の前で、轟音と共に石で出来た床が吹き飛んだ。 爆発後のような煙が立ちこめる通路の中、メイジは、煙の向こうにいる人影に気づき、冷や汗を流した。 煙の奥から見える人影は、少女のもの。 しかし風が伝えてくる情報は『オークとは違う種類の亜人』だった。 大きさは2メイル(m)、強靱な筋肉に包まれ、長い頭髪を無造作に流している。 それだけなら人間と同じだが、風を通して伝わる『迫力』は、およそ人間のものとは思えなかった。 だからメイジは『亜人』と判断したのだ。 地下牢でオークを持ち上げて天井にぶつけた存在も、床を砕いて地下から出てきたのも、その『亜人』が行ったのだろう。 だとしたら『亜人』は、あの少女の使い魔なのか? とにかく、今は魔法で時間を稼ぐしかない、そう考えたメイジの目の前に、人間よりも二回りは大きい煉瓦の固まりが飛んできた。 とっさに詠唱中のエアハンマーを自分に当て、体を吹き飛ばす。 全身に強い衝撃が走るが、煉瓦の固まりが衝突するよりはずっとマシだ。 メイジは足をふらつかせながら着地すると、廊下の窓に向けてマジックアローを放ち、窓を砕く。 続けてウインドブレイクの魔法を放ち、ガラス片を土煙の向こうにいるルイズに向けて飛ばした。 ルイズは、突風と共に襲い来るガラス片を見て、巨大なタンカーの中でも似たような事があったなと思い出した。 「スタープラチナ!」 ルイズの声と共に、筋肉の鎧に包まれた青白い肌の戦士『スタープラチナ』が現れる。 グレーのマントを身につけたメイジには、陽炎のように空間が揺らめいた程度にしか見えなかったが、風がその存在感を伝えた。 「オラァッ!」 ルイズの声に反応するかのように、スタープラチナは恐るべき速度でルイズの周囲に連続して拳を放つ。 シュバババババババババババ、と風を切る音が聞こえ、次の瞬間には宙を舞うガラス片がすべてスタープラチナの手に握られていた。 メイジの混乱はピークに達した、自分の魔法が全く通じない。 ふと、軍にいた当時、演習試合でマンティコア隊隊長と対決し、手も足も出なかった。 メイジは、完全に萎縮していた。 森の奥にある館から、爆音が聞こえ来るのが分かる。 タバサの使い魔シルフィードの背で、タバサ、キュルケ、ロングビルの三人は焦りを感じていた。 トイレの話題はルイズに押しつける事が出来たが、ロングビルがルイズの部屋を開けようとしていた事実は変わらない。 だが、ロングビルは事前に、ルイズがマルトーと何か話をしていたのを見ていたのだ。 ロングビルの持つ手鏡は『遠見の手鏡』というマジックアイテムだった。 オスマン氏から渡されたもので、不在の間に異常事態が起こった時にこれで調査しなさいと言われていたのだ。 とにかく、ルイズがどこに行ったのかを問いつめるために三人は料理長のマルトーの元へと赴いたのだ。 ちなみに、タバサとキュルケは何食わぬ顔でトイレに立ち寄った。 マルトーを問いつめ、ルイズが何処に行ったのかを聞いた三人は、予想以上の事態に驚いた。 「それで、ミス・ヴァリエールはモット伯の別荘に行くと、確かに言ったのね」 「は、はい、確かにその貴族の別荘へ行くと言ってました」 ロングビルは驚きを隠せなかった、典型的な貴族であるルイズが、メイドを助けに行ったなどと、にわかには信じられない。 キュルケとタバサは、ルイズが空を飛んだと聞いて、別の意味で驚いていた。 とにかく、ルイズの後を追わなければならない。 もしルイズがモット伯に喧嘩を売っていれば大問題になり…自分の給料も危ういのだから。 ルイズは、シエスタを背負ったまま、メイジと対峙していた。 距離は約五歩。 メイジは呪文を詠唱し、自分の周辺に強力なつむじ風を起こした。 ガラス片、石、廊下の絨毯、壁に掛けらた調度品、それらが渦を巻いている。 メイジは敗北を覚悟していたが、せめて時間稼ぎだけはすると決意していた。 不意に、ルイズが一歩足を進める。 それを合図にして、渦を巻く風が一直線にルイズへと襲いかかった。 「オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ」 宙を舞う調度品や石が弾ける。 「オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラオラオラ オラオラオラァーーーーッ!」 すべての障害物をたたき落とした後、最後の障害物であるメイジを殴り飛ばし、メイジは近くの部屋の扉を破壊しながら吹っ飛んでいった。 「ゲブゥッ!?」 メイジは血まみれになった肺から、血を吐きだした。 ルイズはメイジに近づくと、手のひらより少し大きいぐらいの絵を見せた。 殴り飛ばしたメイジの懐から落ちたものだ。 「…! ぞ、ぞれはっ」 よほど大事なものなのか、絵を見たメイジは目を見開き、手を伸ばす。 「か、かえし、て、くれ」 「答えな…この絵の女は何だ、それと…おめー程のメイジが、なぜ主人に忠義を尽くす…?」 ルイズは絵を見せたまま質問する。 「…それは、娘、だ」 「人買いの真似をして、自分の娘の写真を返せってか?やれやれ…ずいぶん虫のいい話だ」 「も、モット伯は、昔は、本当に、身寄りの、無い、子供を、助けていたんだ…」 ゴホゴホと血を吐きつつ、メイジは話を続けた。 「俺は、実力で、軍に、抜擢、されたんだ…。だが、娘の病気を、治したくて、魔法薬を横流して、金を手に入れた…、 もちろんバレたよ…俺は、処刑確実だったから、逃げたんだ……傭兵になった俺のせいで娘を、人質に取られたんだ……娘は、人買いに買われ、モット伯の所へ売り込まれた…、 一人前のメイドになって、アルビオンの王族に、仕えることになった、娘を見て、うれしかった……だから。俺は恩返しをしようと思ったんだ、でも、モット伯は…ごホッ」 「おめーは、変わっていくモット伯を止められなかったって訳か…」 「そ、そうだ、だから…その絵が、残って…いると、娘に迷惑を…かける、だから、それを…焼き捨てて…くれ…」 ルイズは、近くに落ちていた杖と、絵を渡して、こう行った。 「ケジメは自分でつけな」 メイジは写真を懐に仕舞うと、ファイヤボールの魔法を唱えて火球を作り出す。 そして…微笑みながら、火球を自分に落とした。 燃えさかる火炎の中、メイジは満足したかのように、微笑みを浮かべていた。 「オメーは人買いの片棒を担いだ、それは決して許されねぇ」 ルイズは帽子を深く被り直そうとして、帽子のつばを探した。 「だが…娘は別だろうな」 手が宙をきり、帽子を被っていないことに気づいた。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-12]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-14]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/440.html
「これ、嫌いなんだけどな」 少し残念そうな言葉を漏らす女性は、我らがヴァリエール嬢。 朝食にしては豪華な料理が並んでいるが、今日のメニューは少し物足りないようだ。 ここ、トリスティン魔法学院は食事のマナーにも厳しい、が、貴族の食事は社交も兼ねることが多いため、大声で雑談しなければ特に注意されることもない。 今までは誰とも会話せず食事を進めていたが、最近ではキュルケやタバサ、モンモランシーと会話することも多い。 キュルケを見ると、既に食べ終わっている。 朝から食欲旺盛なキュルケを見て、食べた肉が腹でなく胸に行くのは何故だろうと考え、世の不公平を感じた。 しかし、キュルケと行動を共にすることの多いタバサは、ルイズよりも小柄で、胸もぺったんこ。 胸ではかろうじて勝っているルイズだが、彼女はキュルケと同程度かそれ以上の魔法の使い手だ、どっちにしろ魔法では勝てない。 食事があらかた終われば、デザートが配られる。デザートを配りに来るのは厨房付きのメイドシエスタと他数名の役目。 シエスタは平民だが、ルイズにとっては気の許せる友達でもある。 しかし、胸の大きさは明らかにルイズよりも大きく、これに関しては憎い相手であった。「ヴァリエール、ちゃんと食べないと背どころか胸も小さいままよ?フフン」 キュルケにとっては軽い冗談だったが、その言葉を聞いたルイズとタバサは意を決して苦手な料理に手を出すのだった。 しばらくしてメイド達はデザートを配り始めた。 いつものようにシエスタがルイズの右隣に立ち、ケーキの乗った皿を慣れた手つきでテーブルの上に置く…はずだったが、今回は珍しく別のメイドがデザートを置いた。 いつもいつも同じ列ばかりを担当できないのだろう、と思ったが、あたりを見渡すとシエスタの姿だけが無い。 厨房内の仕事でもしているのだろう、と思いながら、ルイズはデザートに手をのばした。 まもなく食事の終わりを告げる鐘が鳴り、生徒たちは食堂から出て行ったが、ルイズは考え事をしているのか、席に座ったままだった。 「ヴァリエール、何してるのよ。まだ食べ足りないの?」 モンモランシーの言葉に促され、ルイズは腑に落ちないものを感じつつも、席を立ち食堂を出て行った。 そんなルイズを、料理長のマルトーが、何か思い詰めたような表情で見ていた。 午前中の授業が終わり昼食の時間。 朝に続き、昼にもシエスタが顔を見せないの この学院で過ごしている生徒達の大半は、貴族だけあって人の顔をよく覚えている。 しかし、平民のメイドが一人いなくなったからといって、気にすることはない。 『ゼロのルイズ』とあだ名されるほど魔法が苦手な彼女は、そのコンプレックスから負けん気が強く、貴族の権力を傘にして威張り散らすこともあった。 シエスタを助けてから…いや、正確には奇妙な夢を見るようになってからだが、ルイズは『素の自分を見せることが出来る友達』の大切さを自覚し、シエスタをはじめとする平民に目を向けるようになったのだ。 昼食も終わり、午後の授業が始まる。そして午後の授業を終え、夕食の時間が来た。 タバサの指摘を受けて、ようやくルイズは異変に気づく。 食前のお祈りを唱和した時、タバサはルイズの隣で一言「給仕口」と告げたのだ。 ルイズが給仕口を見ると、マルトーと目があった。 それに気づいたのか、マルトーはそそくさと厨房へと隠れてしまった。 その日の夜、明かり一つない食堂のテーブルクロスがもぞもぞと動き、ルイズが顔を出した。 ルイズは鍵を開ける魔法を使えない。爆発を起こさず厨房に忍び込むため、食堂にじっと隠れていたのだ。 給仕口から厨房に行くと、そこには小さなランプが灯されており、その下でマルトーがじっと誰かを待っているようだった。 シエスタなら今のマルトーに、まるで覇気がないと気づいただろう。 「…何か用?」 「 ! …あ、貴族様でしたか。こんな夜更けに、厨房に何か」 「何言ってるのよ。じーっと見られてたら何かあると思うじゃない。今日はシエスタも顔を見せないし。私に用があるんでしょ」 「………」 しばらくの沈黙の後、マルトーは話し始めた。 「昨日学院を視察に来られた、貴族のお方なんですがね…。その貴族様が、シエスタをたいそう気に入ったらしいんでさ。」 ルイズは思わず唾を飲み込んだ。いやな予感がするせいか、少し眠気の混じっていた頭が急速に覚醒していくのが分かった。 「今朝、シエスタは連れて行かれました。『昨日はこの平民が貴族に無礼を働いた』とか言われましてね。頭が真っ白になりましたよ。昨日はさんざん褒めて、今日になったら反逆者扱い。何だってんだ!」 マルトーの拳が、ドン!と、厨房のテーブルを響かせた。 「貴族様ってのは何なんですかい!?シエスタが何をしたって言うんですか!俺は、俺は女衒じゃない!」 マルトーはテーブルの上に置かれた小さな袋を壁に投げつけた。ガシャン、という音ともに散らばったのか、10枚ほどの金貨だった。 「貴族様、ヴァリエール様!何とか出来ねえんですか!シエスタは、連れて行かれた時、ルイズ様には言わないでくれと言ったんでさ。ですがね、泣きながらそんなことを言われたら、黙ってられるわけが無いじゃありませんか!」 ルイズは、怒りと悲しみの混ざったマルトーの声に、不思議な感覚を覚えた。 怒りが一巡して、恐ろしいほど体が冷めていく気がする。 昨日視察に来た貴族は、魔法学院その他の、国の重要機関を監査する立場の貴族だ。 本当の事かどうか分からないが、平民の少女だけを集め、ハーレムを作っているという噂を聞いたことがある。 しかし、思い返してみれば、自分の姉も母も、その貴族を毛嫌いしていた。 おそらく事実なのだろう。 考えてみれば、今日はオールド・オスマンが王宮に呼ばれ、学院にいない。 その隙をねらってシエスタが連れて行かれた。 「…オールド・オスマンがお帰りになられたら、すぐにその話を伝えて」 そう告げると、ルイズは使用人通路の鍵を開けさせて、一目散にシエスタを連れ去った貴族の別荘へと走っていった。 マルトーは、シエスタの言う『おともだち』のルイズを今ひとつ信用しきれていない。 だが、ルイズ以外にこんな話が出来る相手もいなかったのだ。 ルイズは地面を『蹴り』瞬く前に空高く、そして遠くへと跳躍していった。 その姿を見たマルトーは『ゼロ』と呼ばれるメイジでも、空を飛ぶことは出来るのかと、素直に感心していた。 前へ 目次 次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1348.html
アルビオンの宮殿、ニューカッスルのバルコニーに立つ老メイジが、空を見上げた。 城の遥か上空に浮かぶ巨大な船を見て、老メイジは顔をしかめた。 「パリー様」 「ん、何じゃ」 空を見上げていた老メイジは、衛士から「パリー」と呼ばれ振り向いた。 この城の城主であるアルビオンの陛下ですら、この老メイジに格別の信頼を置いている。 オールド・オスマン程ではないが、この城では最年長のメイジなのだ。 城の者達からは、尊敬の念を込めて「パリー様」と呼ばれていた。 「親衛隊との連絡が途絶えました」 「…なんと」 城を見張っている巨大戦艦『レキシントン』号を見て、パリーはため息をついた。 かつてアルビオンの艦隊旗艦だった『ロイヤル・ソヴリン』号は、貴族派が最初に反乱を起こし、王党派から奪取した戦艦だった。 その戦艦は城の周囲を旋回し、空から砲撃による睨みをきかせており、船が城にはいることが出来ない。 そのため、現在はニューカッスル城へ物資を運び入れることが出来ない、人力で運べる量はたかが知れている。 この巨大な城を維持するには、どうしても船による物資の運搬が必要になる。 外部との接触、補給路の確保を担当している親衛隊からの連絡が途絶えたと聞いて、いよいよ叛徒との決戦が目前に迫ったと、老メイジパリーは確信した。 「潜伏先が襲撃されたようです、別働隊が現状を調査しておりますが、生存は絶望的です」 「そうか…」 パリーは再度空を見上げる。 巨大な戦艦は、ゆるゆると降下したかと思うと、ニューカッスルの城めがけて砲門を一斉に開く。 大砲の音が大気に拡散し、”どこどこどこ”と太鼓のような音になって響く。 発射から数秒、ニューカッスルの城壁に砲弾が着弾し、城壁の一部を轟音と共に破壊した。 衛士が呪文を詠唱すると、空気中の水分が集められ、擬似的な雲が作られていく。 燃え上がる着弾地点に向けて杖を振ると、雲は局地的な雨となって火災を消し止めた。 夜中、自室で思惟していた老メイジ・パリーの耳に驚くべき報告が入った。 コンコン、と扉がノックされ、衛士が名を名乗り入室の許可を待つ。 パリーは椅子に座ったまま許可を出した。 「間者から緊急の報告が入りました!」 「緊急?」 「はっ、城下で叛徒の動向を調査していた親衛隊ですが、六カ所の拠点は同時に襲撃され、すべて壊滅状態とのことです」 「なんと…」 「ただ、一カ所、ロンディニウム東通り七番地の拠点からは、衛士のものと思われる遺体は発見されませんでした」 「何?皆脱出したのか?」 「遺体はすべて叛徒どものものと見られます、おそらく、汚水路を利用して脱出したと思われますが、既に汚水路にも貴族派の傭兵どもが殺到しており…」 「わかった、引き続き調査させよ」 「はっ」 衛士は一礼して退室したが、扉を開けた途端別の衛士が報告に来た。 「申し上げます! 先ほど生き残りと見られる親衛隊22名が、傭兵を2人連れて戻りました!」 「なんと!帰還したのは皆親衛隊で間違いはないのか」 「はっ、間違いありません」 「うむ…その傭兵というのも気になる。では、ワシが行こう、せめて生き残った者だけでも労ってやらねばな…」 そう言うと、よいしょと椅子から立ち上がり、衛士を連れて老メイジは部屋を出た。 「姉御、さっきの像、ありゃ銀かなあ、すげえよ」 「キョロキョロしてると田舎者丸出しよ」 ゲストルームには、個人的な客人をもてなすための客室が併設されており、ルイズとブルリンの二人はそこで待たされていた。 とても戦時下とは思えない程綺麗に整えられたその部屋は、調度品の数こそ少ないものの、『白の国』アルビオンらしく白を基調とした作りになっている。 ブルリンは恐縮したり、金目の物を見ては驚いたりしていたが、ルイズは違った。 ブルリンから聞いた話では、傭兵は酒場や集会場のような場所で、金を渡されるのが一般的だという。 それなのに客室に通され、テーブルにはワインまで置かれているのを見ると、どうも自分が予想していた『傭兵家業』のイメージと異なり、調子が狂う。 「すげえ!サウスゴータ42年ものとか書いてあるぜ、このワイン」 「あんたねえ、子供じゃないんだからはしゃぐのは止めなさいよ」 「おう、ご、ごめんよ姉御、つい…昨日の興奮が冷めねえんだよ」 「昨日の?ああ…」 昨日、と言われて思い出す。 ルイズとブルリンが、何処かの館に監禁されていたことを。 アルビオン貴族派の傭兵を名乗っていた男達は、ルイズの読み通り王党派の衛士だった。 適当に交渉してみようと考えていたが、屋敷内の足音が慌ただしく動いているのに気づいた。 ルイズは様子がおかしいと思い、聴覚に集中して周囲の話し声を拾う。 『まずいぞ…包囲されてやがる』 『貴族派に嗅ぎつけられたのか』 『あの二人の傭兵は囮だったのか?』 どうやら、ルイズとブルリンは貴族派の間者だと思われているようだ。 「まずいわね…ブルリン、部屋を出るわよ、あんたは私の後ろにいなさい」 「どうしたんだよ姉御」 「貴族派に囲まれてるわ、しかも私たちが間者だと疑われてる」 「えーっ!?」 「静かになさい、とりあえず貴族派を追っ払うわよ」 そう言って無造作に扉を開けた。 扉の前で立っていた見張りの男は、突然扉が開いたことに驚いて杖を取り出したが、それよりも一瞬早く、ルイズは力づくで杖を奪い、男の顎を掴んで宙に浮かせた。 「…!……!」 宙に浮き、じたばたと足をばたつかせる見張りの男を持ち上げたまま、ルイズは正面玄関のある広間までやって来た。 「なっ、貴様!」 それを見て一人の男がルイズに杖を向ける。 服装は傭兵だが、手に持った杖は『エア・ニードル』を作りやすいように、フルーレのような形状をしていた。 あんな仰々しい杖を使うのは貴族の、それも衛士ぐらいのものだろう。 「違うわよ、アタシはあんた達、王党派に雇われる気で来たのよ」 「王党派……既に我々が王党派だと知られていたのか」 「まあね、ところで外にいるのは何人ぐらいなの?」 「それは貴様らのほうが知っているんじゃないか」 広間に他のメイジ達も集まり、こちらに向かって杖を向けているのを見えた。 彼らは、人質ごとルイズ達を殺すのを躊躇しないだろう。 …きっと、母ならそう教育する。 ルイズは持ち上げていた男を床に下ろすと、その男に杖を返した。 「誤解しないで欲しいわね、そんな人を疑ってばかりじゃ、アルビオンの名が泣くわよ」「……そ、そうだ、俺だって恩人が貴族派にやられたから、王党派を探したんだ」 ブルリンが口を挟む、微妙に震えているようだ。 「あんたは黙ってなさい」 「へ、へい」 「とりあえず今は、この屋敷を囲む貴族派を追い払う事でしょう。外は何人いるの、配置は?」 ルイズがそう言って扉を見る、衛士はルイズを怪しんでいたが、ここで言い争っても埒があかないと悟り、現状を説明しだした。 「見張りの話では、メイジを含めた傭兵が35人程、この屋敷を囲んでいる、玄関から15メイル先の門にいるメイジがリーダーだと思われるが…」 衛士の言葉をルイズが中断させた。 「馬鹿じゃないの、そんな目立つところにリーダーが居るわけ無いでしょうが、そこにいるのは連絡役程度の奴よ、本命は空にいないの?」 「空にも、屋根の上にも敵はいない、この屋敷は庭があるので、傭兵は屋根の上に飛び移れないはずだ」 「…指揮官でなくても、あからさまに屋敷を包囲しているなら高所からの視点は確保するはずだわ、この館に地下はある?」 「!?」 衛士の顔色が変わり、慌てて他の衛視に指示を飛ばした。 「汚水路を確認しろ!脱出経路をふさがれる前に!」 「なるほどね…汚水路か、戦力を脱出経路の防備に集中させなさい、私は玄関から打って出るわ」 「正気か!?それとも、外から傭兵共を引き入れる気じゃないだろうな」 「行動で証明してあげるわよ」 そう言ってルイズはフードを深く被り直し、顔を隠す。 「姉御、俺は?」 「アンタは…そうね、ボウガンか何かを探して、裏口の援護に回りなさい」 ルイズはピクニックにでも行くかのように、ごく自然に、表に出た。 正面玄関には、雨よけの屋根があり、人の胴ほどの門柱がそれを支えている。 ルイズが正門前から門を見ると、何人もの傭兵らしき男達がルイズの姿を見て驚いた。 傭兵達の後ろにはメイジらしき人物がいて、こちらを見てはいた。 ふと、そのメイジが隣にいる男に話しかけた。 ルイズは慌てて振り返った。 玄関の中には、杖を持って待機している衛士しか居ない。 ブルリンはもう裏口へと回ったのだろう。 ほっ、と安堵のため息をつく。 彼が裏切ったことをブルリンに悟られてはならない、何故かそんな考えが頭をよぎった。 再度正面を向き、門の外にいるメイジと、その隣にいる”彼”を見る。 メイジはその男に金貨を一枚渡した。 その男は、金貨を受け取って笑い、ルイズを見て笑った。 「裏切ったのね、ジョーンズ…」 ルイズの呟きは、誰にも聞かれることはなかった。 冷静に、鋼鉄のマスクを被った母のように、敵を見る。 獣を使役している者はいない、空中にも敵はいない、視界にはメイジが一人と傭兵が十八人。 『嬢ちゃん、どーすんだ?』 背中のデルフリンガーが語りかける、ルイズは少しだけ嬉しそうに答えた。 「決まってるじゃない、追っ払うのよ」 ルイズは無造作に右腕を振る、右脇の門柱が砕け、石つぶてが飛ぶ。 大砲の散弾のような勢いで吹き飛んだ石つぶては、正門前に待機していた傭兵達に難なくぶつかり、水を入れた風船が破裂するような音を立てて、傭兵達を肉塊に変えた。 次に、左脇の門柱を力づくで引き抜き、中央のメイジに向けて、渾身の力を込めて投げた。 メイジは隣にいる男…ジョーンズを盾にして逃げようとしたが、人間一人を盾にしたところでは意味がない。 門柱は、ジョーンズとメイジの上半身を吹き飛ばし、背後の建物をも倒壊させた。 『左右から来るぞ!』 デルフリンガーの言葉に反応し、右に残った門柱の土台を傭兵達に向けて蹴飛ばす。 次に背中のデルフリンガーを抜きつつ、左側に向き直り、荷車の取っ手を押すようにデルフリンガーを両手で構え、突進した。 ………ぐちゃぐちゃと肉片から血の滴る音が鳴り、後に残るのは人間だったモノ。 正面玄関を襲撃しようとしていた者達は、わずか一分にも満たない戦闘で全滅した。 「…一発当たっちゃったか」 誰かが持っていたのか、一本のナイフがルイズの脇腹に刺さっていた。 ルイズはそれを事も無げに引き抜くと、懐にしまい込んだ。 「姉御!裏口はやられた!撤収だ!」 ブルリンが玄関から首だけ出して叫ぶ、ルイズは(ナイフ引き抜くの見られなかったかしら?)と考えながら、玄関へと急いだ。 館の中には汚水路に通じる道があり、ルイズ達はそこに飛び込んだ。 水のメイジが汚水の流れをコントロールして、汚水の中に隠れた隠し通路へとルイズ達を招き入れる。 皆が隠し通路に入ったところで、汚水路から屋敷を襲撃しようとしていた傭兵達が到着する。 あらかじめ仕掛けていた火の秘薬に、一人のメイジがファイヤーボールを打ち込み、汚水路は火海となって傭兵達を焼き殺した。 こうして、ルイズ達は窮地を脱し、ニューカッスル城に入城することになる。 昨日の出来事を思い返していたルイズの耳に、ノックの音が届く。 ルイズは思考を中断し、扉に目を向けた。 返事を待たずに扉が開かれ、一人の衛士が入ってきた。 「失礼致します、陛下の代理として、長老のパリー様がご挨拶されたいとのことです」 精悍な男性を思わせる声が部屋に響く。 続いて、オールド・オスマンとはまた違った貫禄を持つ、老メイジが部屋に入ってきた。 「勇敢な方々、衛士の危機を救ってくれたようでございますな、ありがたいことです。」 「…別に、そうしなきゃ無頼の徒を信用してくれないと思っただけよ」 「仲間を助けてくれました以上は、無頼の徒などとは思えません。私はニューカッスル防衛の指揮を執っているパリーと申します」 パリーが名乗ったのを聞いて、ルイズとブルリンも席を立つ。 「私は…『石仮面』よ、それで通してるわ」 「お、俺はブルート、仲間からはブルリンと呼ばれてまさぁ」 「名乗りいただき嬉しく思います。さ、立ったままでは疲れましょう、どうぞ腰を下ろしてください」 二人はパリーに促されるまま腰を下ろした、それを見てパリーも向かい合った席に座る。 「お二方は傭兵だそうですが、今の王党派に雇われてもなんの”うまみ”もありませんぞ」 ブルリンが拳を握りしめる、ルイズはあえてそれを無視し、ブルリンに喋らせることにした。 「う、うまみとかは関係ねえです。俺は、世話になった人が、貴族派の連中にやられたって聞いたんで、貴族派に喧嘩を売れればいいんでさぁ。」 「お世話になった方が? …そうでしたか」 「記憶喪失で彷徨ってた俺を世話してくれて、傭兵のツテも紹介してくれた人で…」 ブルリンが自分の境遇を話している間。ルイズは部屋パリーをじっと見ていた。 オールド・オスマンのように飄々とはしていない、おっとりとした口調の裏に計算高さを感じる。 この城の防衛を任されているだけあって、杖から決して手を離さない。 パリーの後ろに立つ衛士は、椅子の影になり手元が見えないが、おそらく杖を構えているだろう。 本当に油断も、隙もない。 「そちらのお嬢さんは、なぜ王党派に?」 「………貴族派は下品だからよ」 ほう、とパリーが声を漏らす。 「下品とは、いや、これはまた驚きですな。…石仮面殿は、元は名のある貴族の方とお見受けしますが」 パリーの言葉にルイズが驚く。 しかし、当然といえば当然だ、背筋をただして上品に座る傭兵など聞いたことがない。 現に、ルイズの隣に座るブルリンと比較すれば、育ちの良さは一目瞭然だった。 傭兵スタイルが板に付いてきたと思いこんでいたルイズは、表情には出さないものの、心の中ではため息をついていた。 「家名なんてもう覚えて無いわ、思い出す気もない、今は…今は、気ままに生きるだけよ」 そう言ってルイズは笑みを浮かべる。 「ほほ、なるほど、出自など問いませぬ、ただ仲間達の命を救って下さったことを感謝致します」 パリーがにっこりと笑った。 その後、傭兵として何をすれば良いのか、報酬はどの程度なのかを相談した。 パリーの話では、王党派に雇われるような酔狂な傭兵は皆無だとか。 現時点では、ルイズとブルリンの二人しかいないらしい。 「その方がやりがいがあるぜ、なあ姉御!」 ブルリンはそんな風に息巻いていたが、それがルイズの不安を煽った。 ルイズ一人が生き残る自身はある、しかし…ブルリンが生き残れるとは限らない。 もし、この男が死んでしまったら…私はどうするべきなのだろう。 ルイズの思考は、自分の死ではなく、仲間の死の不安へと傾いていった。 ルイズとブルリンはゲストルームで寝泊まりすることになった。 ブルリンは久しぶりに身体を洗いたいと言っていたので、今頃は厨房の裏で水浴びでもしている頃だろう。 ルイズが久しぶりの上質なベッドに寝そべって、体を休めていると、デルフリンガーが話しかけて来た。 『なあ嬢ちゃん、これからは”石仮面”って呼んだ方がいいのか?』 「……そうしてくれると嬉しいわ」 『でもよ、一つ聞いていいか?なんであの時俺に本名を教えたんだ?』 「誰かに…覚えていて欲しかったのかもしれない」 『そーか』 ルイズは窓の外に目を向けると、月を横切るように、巨大な戦艦が風に乗って移動しているのが見えた。 戦時下とは思えない程、静かな沈黙が流れた…。 「ねえ、デルフ、私からも質問させて」 『俺に分かることなら答えてやるよ』 「あんた、最初は私に使われるのを嫌がってたでしょ」 『ああ』 「最近は妙に物わかりいいじゃない、どうしてよ」 『あー、そりゃな、おめえ…なんか知らないけど、人間の血は吸わないみたいだしな』 「…これから先、吸うかも知れないわよ」 『そんときゃ大騒ぎしてやるってーの』 「言うじゃない、あんたも6000年生きてるなら、私の意識を乗っ取って止めて見せなさいよ」 『何だと、やってやろうじゃねえか』 「できるの?」 『できる! …ような気がする』 「アンタって、ブルリンと同じでどっか間抜けねえ…ふふ…あはははは!」 ルイズは久しぶりに、腹の底から、笑った。 To Be Continued → 16< 目次
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1915.html
ロングビルは口を半開きにして、呆然としていた。 安宿の一室で、ルイズとワルドがミノタウロスと戦った時の様子を、ロングビルに聞かせていたのだ。 壁に寄りかかっているロングビル、目の前には、ベッドに座り足を投げ出している少女がいる。 この少女が魔法を使わずにミノタウロスを倒したなど、誰が信じられるだろう。 元々知能が高く生命力も並はずれて強いミノタウロス、頭に深い傷を負っていたとはいえ、それを倒してしまうなど普通は信じられない。 だが、ロングビルはそれが嘘ではないとよく解る、ルイズと対峙したとき、ロングビルは鉄の塊を練金で作り出し、ルイズを挽肉同然にしたのだ。 それでも彼女は生きていた。 細い手足のこの少女が、ルイズが獰猛なミノタウロスを倒した姿を想像しようとして……目眩がした。 「どうしたの?」 ベッドの上に座るルイズがロングビルの顔をのぞき込む。 「ちょっと、あんたの無茶苦茶さに呆れてただけよ…まったく、あんたがいりゃトリステインは安泰だねえ」 ロングビルが両手を肩の高さにあげ、掌を上に向けて『やれやれ』というジェスチャーを交えて呟く。 「そうでもないわよ」 それを見たルイズは、少し自虐気味に笑った。 「私はいずれ倒されるわ…誰かにね。私ほど権力者にとって不都合な存在は無いのよ」 「そうかもしれないけどさ」 正直、ルイズが誰かに殺される姿など、想像できない。 虚無の魔法と、吸血鬼の力を持つルイズを殺せる人間などこの世に存在するとは思えない。 仮に強力なエルフが相手だとしたら、ルイズでも危険かもしれない。 しかし、ロングビルの知るエルフはといえば、ティファニアとその母だけ。 温厚で戦いを嫌うエルフが如何に強力な魔法を使ったとしても、シエスタの波紋が吸血鬼にとって猛毒だとしても、ルイズを殺せるとはとても思えなかった。 ルイズは、ふとカーテンの隙間から外を見た、既に夕日が差しており、空は赤くなっている。 「そろそろ外も暗くなるわね……学院に戻らなくていいの?」 「そうだね、じゃあ、あたしはこれで帰らせて貰うわ」 そう言ってロングビルがドアノブに手をかける、ルイズはちらりとワルドに目配せしてから、ロングビルと共に部屋を出た。 廊下で、ルイズはロングビルに耳打ちする。 「ティファニアがね、『危険なことはしないでね』って言ってたわよ」 「…あの子に、会ったのかい?」 ロングビルがルイズの顔をまじまじと見る、ルイズは笑みを浮かべると、いたずらを思いついた子供のような笑顔を見せた。 「私、アルビオンに潜入したって言ったでしょ?そこで…ほら、子供達も元気だったわ」「ああ…そっか、元気ならいいのさ」 静かに笑みを浮かべるロングビル、どこか懐かしそうに目を細めていた。 「まだワルドに知られたくないから、ここで簡潔に言うわ。彼女は私と同じ系統の使い手よ」 「………」 先ほどのはにかみは何処へやら、ロングビルの口元は笑ったままだが、目つきは途端に厳しくなった。 「詳しいことはこの紙に書いてあるわ。読んだらすぐ燃やして」 ルイズは、胸に巻いたボロ切れの中から、宿帳の切れ端らしき紙を取り出し、ロングビルに手渡した。 無言でそれを受け取ると、ロングビルは急ぎ足になり、ぱたぱたと階段を下りていった。 階段を下りていくのを見届けたルイズは、すぐにワルドの待つ部屋に戻った。 ギィ、と不快な音を立てて開かれる扉を見て、ワルドが意外そうに呟く。 「おかえり、早かったな」 「見送るだけだもの」 ルイズは返事をしつつ、ボロボロのマントを放り投げて、ボロ布の下着姿になった。 その姿は、とても貴族とは思えないみすぼらしい姿だが、その眼光は先ほどまでとは違い、鋭く輝いていた。 ルイズは両手を上に上げて背伸びをし、ボキボキと音を立ててながら身長を変化させる。 アンリエッタとの身長差は約5サントほど、それぐらいなら体の中に入った吸血馬と自分の骨だけで調節できる。 それが終わると、今度は髪の毛を引っ張り長さを揃える、そして顔の筋肉を指で押しつつ、表情を確認していく。 宿に入る前に手に入れてきた染料を髪の毛にふりかけ、わしわしとかき回すと、ルイズの髪の毛は深い紫色に染まっていく。 それを見てワルドは、ルイズがアンリエッタに変装しようとしているのだと理解した。 「…凄いな。”フェイス・チェンジ”でも身長までは変えられれないのに。どこからどう見ても姫様じゃないか…ん?」 ルイズの姿は、表情さえ調節すればアンリエッタ姫そのものとしか思えないほどだ。 しかし、魔法衛士として間近でアンリエッタを見ていたワルドには、ルイズの変装には致命的な欠陥があると気づいてしまった。 「”フェイス・チェンジ”みたいに顔も変えられれば便利なのだけど。 ……ちょっとワルド、どこ見てるの?」 「いや……」 ワルドの視線に気づいたルイズが、ワルドを見つめ返したが、ワルドは顔を逸らしてしまった。 「どこ見てたの…?」 ルイズがワルドに詰め寄る。 「いや、何でもないさ、本当に」 ワルドは誤魔化したが、視線は明らかにルイズの胸を見ていた。 「どこ比べてるの?」 「いや。本当に、何も」 その日、安宿の一室から断末魔の悲鳴が上がった。 深夜。 二の月が雲に隠れ、トリステインの空が暗闇に覆われた頃。 女王となったアンリエッタの居室へと、一人の女騎士が急いで足を進めていた。 アンリエッタの居室を警護する衛士は、女騎士の足音に気が付くと、それを制すかのように扉の前に立ちふさがった。 「こんな時間に、陛下に何用だ」 衛士は、あからさまに女騎士を見下した態度で、冷たく言い放った。 「銃士隊のアニエスが参ったとお伝えください。私は、いついかなるときでもご機嫌を伺える許可を陛下よりいただいております」 衛士は苦い顔をした、アニエスはそれを見て「またか」と思った。 アニエスはシュヴァリエを得たが、平民であるが故に、王宮内での扱いは酷く悪い。 女王アンリエッタの身辺警護を担当する親衛隊の肩書きも、王宮内でのやっかみの前では、どこか頼りなかった。 この衛士にもやっかみはあった、魔法衛士隊よりも強い権限を、平民の女傭兵風情が持っていいはずがないと考えていた。 衛士はアニエスを見下したまま、慇懃に言い放つ。 「陛下はお休みあそばされておる、日が昇ってから出直……」 アニエスは、身長で勝る衛士を、無言で見上げていた。 あからさまにアニエスを見下していた衛士の態度、特にその表情が、みるみる恐怖に変わっていくのだ。 いつの間にかアニエスの後ろには、一人の男が立っていた。 マザリーニ枢機卿である。 「君、火急の用だ。陛下にお取り次ぎを願う」 「ハッ!」 マザリーニが静かに言い放つと、衛士は慌てて敬礼し、居室の扉を開いた。 アニエスとマザリーニの二人は、冷や汗をかいている衛士を無視して、静かにアンリエッタの居室へと入っていった。 それからしばらくして、マザリーニ、アンリエッタ、ウェールズの三人が、アンリエッタの執務室に集まった。 ウェールズは寝間着も兼ねられる簡素なシャツに、上着を着てマントを羽織っている。 つい先ほどまでデルフリンガーと話をしていたらしく、デルフリンガーはウェールズが携えて来た。 デルフリンガーをテーブルの上に置くと、鞘から二割ほど刀身を露出させ、デルフリンガーも会話に参加できるように準備した。 それが終わると、コンコンとノックの音が響き、返事を待たずに扉が開かれた。 執務室に入ってきたのは、ボロボロのマントを羽織った女性。 次に入ってきたのはフードを被った男だったが、その男は首に枷が嵌められており、首と右腕が枷でつながれていた。 更にその背中にアニエスが剣を向けている、アンリエッタは驚き「まあ」と呟いて、口元を隠した。 執務室の扉が閉じられると、ウェールズは杖を持ち『ディティクト・マジック』続けて『サイレント』のルーンを唱えた。 外界の音が遮断され、不自然なほどの静けさが執務室を包む。 『よー嬢ちゃん。元気そうで良かったぜ』 「久しぶりねデルフ、姫様も…今は陛下とお呼びすべきかしら。それに皇太子殿下も、枢機卿も、お久しぶり」 ボロボロのフードを外してルイズが微笑む。 それを見て、アンリエッタは思わず席を立ち、ルイズに近寄った。 「ルイズ…心配したのよ、ああ、でも無事で良かったわ」 アンリエッタがルイズに近づいて手を取ると、ルイズは困ったような顔をするばかりで、アンリエッタの手を握り返そうとはしなかった。 「どうしたの?」 「あの…私、しばらくお風呂に入ってないのよ。今の私ちょっと臭いわよ」 アンリエッタが鼻で息を吸うと、確かに汗のような、焦げ臭いような、埃くさい臭いが鼻につく気がした。 「……そ、そんなこと気にしなくても良いですわ」 と言いつつも、アンリエッタはルイズから手を離す、ルイズは仕方がないとでも言うように苦笑した。 「話が終わったら風呂を用意させますわ。それにしても……」 アンリエッタが、フードを被った男に視線を向けると、つられて皆の視線が集中する。 「………陛下も、皇太子殿下もよくご存じのはずよ」 ルイズはそう呟きつつ、男の顔を隠しているフードをめくり、顔を露出させた。 そこにいたのは、裏切り者のワルド子爵その人だった。 「なっ」 ウェールズは咄嗟に杖を手に取った。 執務室が緊張感に包まれ、マザリーニ、アンリエッタの視線も途端に厳しくなる。 「殺気立つのは止めて。とりあえず…そうね、アルビオンに潜入した時のことから説明するわ」 ルイズはそう言って微笑む。 マザリーニは、驚いたままのアンリエッタ、席から腰を浮かせているウェールズの二人に着席を促す。 アンリエッタが自席に着いたのを見届けてから、ルイズとデルフリンガーによる報告が始まった。 井戸水が、洗脳効果を持った水の先住魔法に汚染されていたサウスゴータ地方の都市。 自称6000歳のデルフリンガーが、水の先住魔法から『アンドバリの指輪』を思い出した。 アンドバリの指輪はどんな怪我もたちどころに治す力を持つ、それどころか、死者を操ることも、生きている人間の心を操ることもできるという。 ルイズはワルドに発言を促した、実際に死者が蘇る姿を見ていたのは、この場ではワルドしか居ないのだ。 ルイズが『ディスペル・マジック』で解除した水の先住魔法。 ワルドが目撃した『クロムウェルによる死者蘇生』 デルフリンガーの記憶に残る『水の先住魔法との戦い』 それらの情報は、アンリエッタ、ウェールズ、マザリーニの三名だけでなく、ワルドに剣を向けているアニエスをも驚かせていた。 そもそも、アルビオンの王党派にも落ち度が無かった訳ではない。 ウェールズの父、ジェームス一世は厳格で誇り高い王であった…と言えば聞こえはいいが、若くして王になった時から強烈な貴族権威主義であった。 国力を高めるため、王は崇高な理念を持って自ら機敏な政治を行った…と言えば聞こえは良いが、視点を変えれば独裁色の強い政治であったことも否めない。 反乱軍レコン・キスタ、彼らの革命が成功したのは、クロムウェルの持つ『アンドバリの指輪』の力だけではない、アルビオン貴族達の不満も同時に爆発していたのだ。 トリステインに幻滅し、レコン・キスタの誘いを受けたというワルドの話を聞き、ウェールズは自身の双肩に戦死者の重みを感じた気がした。 更に、ワルドとの戦い、船を吹き飛ばした虚無の魔法、ワルドの母、裏で糸を引いていたリッシュモン、ミノタウロスとの戦い…… 想像を超えた話が、ルイズの口から語られていった。 一通りの話をし終えると、皆は一様にため息をつく。 ウェールズは考える。 家臣達を殺したワルドにも、ワルドなりの事情があった。 ワルドの行った裏切り行為は決して許されることではないし、許してしまうこともできない。 だが、ウェールズは、ワルドにどこか…なぜか同情してしまう。 処刑すべきか、執行猶予を与えるべきか、思うように決考えられない、少しだけ苛つきを覚えた。 マザリーニにしてもそうだ、リッシュモンにはそれなりの信頼を置いていた。 100%信頼していた訳ではない、少なくとも仕事の面では信頼できると思っていた。 だが、ワルドの母が辱められたと聞いたとき、アニエス達の調査によって、ぼんやりと浮かんでいた不自然な金の動きが、はっきりと一つに繋がった。 マザリーニは、自分の甘さを恥じた。 アンリエッタはうつむいていた。 膝の上に置いた手が強く握りしめられ、肩は小刻みに震えている。 アンリエッタの視線がワルドに移るが、ワルドは何も言わず、ただ黙って突っ立っていた。 しばらくの沈黙の後、アンリエッタが口を開く。 「…ワルド子爵の処遇については、後ほど伝えます。しばらくは杖を取り上げ、王宮で監視下に置くことになりますが……ルイズはそれでかまいませんか?」 ルイズは、隣に立つワルドを見る、ワルドはルイズにほほえみを返すばかりで、何も言わなかった。 「ワルドは…リッシュモンに復讐して、死ぬつもりで帰ってきたの。リッシュモンを殺す権利を保障してくれれば何も言うことは無いわ」 「わかりました、アニエス、ワルド子爵を王宮内に監禁し、直ちにリッシュモンの身辺を調査しなさい」 「いや、お待ち下さい」 突然、マザリーニが口を開いた。 「王宮内ではいけません、すぐに気付かれてしまうでしょう。……しばらくの間、石仮面様と共に地下に潜伏して頂けませんか」 マザリーニ提案はルイズにとって有り難かった。 しかしウェールズの表情を見ると、納得がいかないとでも言いたそうな顔をしている。 ワルドは、ニューカッスル城で王党派を百人近く殺したのだ。 それを野に放つなど、ウェールズが納得できるはずがない。 「殿下。私は、ワルドに復讐を果たさせると約束しました。ワルドの処刑はそれまで待って頂けませんでしょうか、決して逃がしはしません。」 ルイズがウェールズに向き直る。 ウェールズは目を閉じた。 死んでいった家臣達を思い出す。 彼らは、ウェールズの決断を許してくれるだろうか? 家臣達は想像の中でただ微笑むばかりで、何も言ってはくれない。 残されたアルビオン王族としての重責、それがウェールズの肩に重くのしかかった。 「…『石仮面』殿を…いや、友人としてミス・ルイズを信用しよう。ワルド子爵の処遇は僕から口出ししないことにする」 「僕は、ワルド子爵の行いを許すことはできない。また彼の汚名を返上することは許さない。だが……君を憎みきれないのも確かだ」 「戦艦『ロイヤル・ソヴリン』の艦長を務めたサー・ヘンリー・ボーウッドという男がいる。彼は職務に忠実な軍人だからこそ王軍に牙をむいた」 「憎むべきは戦争だ、君個人を憎んでどうにかなるものじゃない…僕が言いたいのは、それだけだ」 ワルドは、ただ黙ってウェールズに跪いた。 すべての話が終わる頃には、既に空は明るくなっており、居室に戻ったアンリエッタを身支度を調える侍女達が迎えていた。 結局彼らは一晩中会議をして、徹夜してしまったのだ。 若いアンリエッタとウェールズはともかかく、マザリーニは眠そうに欠伸をしながら部屋に戻っていった。 ワルドは手かせを外されたが、顔を隠した状態で王宮の地下倉庫に匿われている。 そこで昼を寝て過ごし、夜になったらルイズと共に城下町へと出る予定なのだ。 ルイズは、王宮に務める兵士達が使う水場で、体の汚れを落とした。 用意された平民風の着替えを着て、厚手のローブを身にまとう。 そして、そのままウェールズの部屋を訪ねた。 ウェールズは徹夜の疲れをみじんも見せず、来客に応対していた。 各地に散らばったアルビオン王党派の貴族と連絡を取り合い、レコン・キスタ打倒の計画を練らなければならない。 ウェールズに、休んでいる暇など無いのだ。 ルイズを部屋に通したウェールズは、部下に命じて人払いをする。 ルイズはデルフリンガーを背負ったままウェールズの部屋に入り、ソファに腰掛けた。 向かい合わせに座ったウェールズが、ふぅー…と長いため息を吐く。 「だいぶ疲れてるわね」 「まあね。……君こそ疲れてないのかい?」 「ミノタウロスでお腹いっぱいよ」 「やれやれ、その体力は羨ましいな……」 ウェールズはまた欠伸をして、目をこすった。 子供の頃に遊んだ友人達は皆死んでしまった、海賊に扮してお互いに笑いあった仲間達も皆死んでしまった。 今、ウェールズが欠伸をするほど気を許せるのは、ルイズとアンリエッタしか居ない。 ルイズは、そんなウェールズを不憫に思ったが、不憫だと口に出すことはかえって失礼だと思い、黙っていることにした。 侍女の持ってきた紅茶を一口飲み、カップをソーサーの上に置く。 ほんの少し、沈黙が流れた。 「大公に、忘れ形見がいたわ」 「…なんだって?」 ルイズの呟きは、ウェールズを一瞬で覚醒させた。 「名はティファニア。大公の娘さんよ、今はサウスゴータ地方で、小さな孤児院を開いて隠れ住んでいるわ」 「そ、それは、本当なのか?」 「本当よ。直接会ってきたもの」 「そうか…」 ウェールズが顔を押さえて、俯いた。 「ねえ、これは絶対に約束して欲しいの。ティファニアを権力争いに巻き込まないで。いずれ彼女の存在は知られると思けど。それまでは彼女を争いに巻き込まないで欲しいの」 「ああ、解っているよ、解っているとも。 アンリエッタにも、マザリーニ枢機卿にも言わなかったのは、それを心配してのことだろう?」 「ええ」 「心配も無理はないさ。用心に越したことはない」 「そうね。ハーフエルフだと知られたら大変だものね」 「………」 ウェールズの顔は、『美男子が台無しだ』と思えるほど、驚きに染まっていた。 「そんな顔して驚かないでよ。彼女から聞いた話を全部話すわ、だからよく聞いて」 ウェールズが頭を振って気を取り直す、すぐさま『サイレント』と『ディティクト・マジック』を唱え、ルイズに続きを促した。 ルイズの口から語られたのは、ウェールズにとって驚くべき”真実”であった。 大公がエルフを妾にしていただけでなく、娘までいたという事実。 確かに『始祖ブリミルへの重大な反逆』だと言われれば、それまでかもしれない。 しかし、目の前には吸血鬼と化していながら人間に味方するルイズがいる。 ウェールズは、エルフに対する認識を改める必要があると感じた。 「それと、貴方から預かっていた『風のルビー』。それとニューカッスルから脱出したときに持っていた『始祖のオルゴール』これもティファニアに預けてあるわ」 「それは虚無の使い手である、君が持っていた方がいいんじゃないか?」 「いいえ、私の分はアンの持っている『水のルビー』と『始祖の祈祷書』よ。『風のルビー』と『オルゴール』は彼女が持つべきモノなの」 「まさか」 「そのまさかよ。王族の血を継承しているが故に…ね」 ウェールズはしばしの間思案し、呟く。 「ハーフエルフか…ロマリアが黙っていないな。ダングルテールの大虐殺の件もある…」 「アニエスもダングルテールの大虐殺を調べてるとか言ってたわね。それって何なの?」ルイズの質問に、ウェールズは言いにくそうに口ごもったが、意を決したのかルイズを見据えて語り出した。 「ダングルテールという村があった、そこはトリステインには珍しい移民中心の村だったそうだ。その村で流行した疫病を広げないために、村人が全員焼き殺された」 「……何よ、それ。アニエスがそれを調べてるってことは、もしかして」 「彼女の出身地はダングルテールらしい。僕も最近知ったことなので詳しくないが、どうもロマリアの先代教皇がそこに絡んでいるらしい」 ロマリアと聞いて、ルイズが首を捻る。 「なぜロマリアが関係するのよ」 「二十年近く前、トリステインとアルビオンで新教が流行ったんだ。ダングルテールの住人は新教に鞍替えしたんだが…どうやらそれが原因で異教徒狩りの標的にされたらしい」 「じゃあ、疫病が出たと言うのは?」 「アニエスは全くの嘘だと言っていた。ダングルテールに出入りしていた行商人からの証言でもそれは明らかだそうだ」 「冗談じゃないわよ……」 「エルフを敵視するのは、始祖ブリミルの歴史から見て仕方ない事だ。だが、ミス・ティファニアが虚無の使い手として生まれたのは、始祖のお導きだと主張すれば……」 「もしティファニアの存在が知られても、ロマリアを牽制できるかもしれない?」 ルイズの結論に、ウェールズが頷く。 「ティファニアか…その人は、争いが嫌い、復讐も嫌いなのか………それなのに、僕たちは人間同士で、何をやっているんだろうね」 ウェールズの呟きは、『サイレント』に包まれた部屋の中に消えていった。 一方、時を同じくして、魔法学院に一台の豪華な馬車がたどり着いた。 従者が馬車の扉を開け、金髪の女性が馬車の中から下りてくる。 馬車を出迎えたのは魔法学院の学院長オールド・オスマンと、モンモランシー、そしてシエスタだった。 「オールド・オスマン。お久しぶりでございますわ」 優雅に一礼した金髪の女性に、オールド・オスマンは満足そうに頷き、挨拶を返した。 「久しぶりじゃのう、アカデミーでは元気でやっておるかね?」 「ええ、オールド・オスマンの22年前の論文、読みましたわよ。精神力の根底を探る方法としての波紋法とその応用…でしたわね」 ちらりと横を見ると、先ほどから緊張のあまり固まっている二人が視界に入った。 「貴方がシュヴァリエを賜ったミス・モンモランシーと、ミス・シエスタね。噂は聞いているわよ」 「「はっ、はい!」」 二人は緊張して、同時に返事をしてしまう。 金髪の女性は、そんな二人にも一礼し、名を名乗った。 「私はエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。 ラ・ヴァリエール公爵夫妻からの依頼を伝えに参りました。 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。 並びにシエスタ・シュヴァリエ・ド・リサリサ。 お二人の『治癒』の力をお借りしたく参りました。 私の妹、カトレアを助けるために協力をお願い致します」 シエスタは思った。 この人、ルイズ様の面影がある。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/twitterfatetrpg/pages/725.html
ルイズ = リトルフ 「未だ諦めていないというのなら───」 「牙をつきたてて己が価値を証明してみせなさい」 年齢:18 / 身長:151cm / 体重:45kg 地域:フランス 属性:秩序・悪 / 性別:女性 / 血液型:A型 誕生日:1月8日 イメージカラー:#48d1cc 一人称:私 / 二人称:あなた 特技:機敏を読むこと 好きなもの:努力、お金 / 苦手なもの:贅沢 天敵:堕落した人間 起源:簒奪 泥設定 ゼラニウム商会の商会長 元々は貧民街の孤児。自らの容姿を武器にして奴隷商人と結託し、富豪に成り上がった (富豪を依存させつつ毒殺したらしい) その後、更に高みを目指すためにゼラニウム商会を設立した 商会を設立する際に、ちょうど設備と人手がほしかったミアと魔術世界とつながりがほしかったルイズとで利害が一致した そのため、彼女と協力関係になっている 商会そのものは表向きには利益を追い求める組織となっているが、彼女の意図としては違うところにある 自らと同じような境遇にいる人物が成り上がるための組織として設立している (ただし、そのことは誰にも話していない) 魔術協会によく思われておらず、時折刺客に狙われるためほぼ護衛を随伴させている ほとんどの場合において、ミアが先手取って教えてくれるので必要ないことの方が多かったりするらしい
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/2885.html
ゼロの悪魔召喚師 第四話 <ルイズ> 「じゃあ、使い魔のできることを確認しないとね」 ワタシの目をまっすぐみながらおとなしく話を聞く流星。 まずわかったこと メイジでもなんでもない平民だということ。 腕についてるマジックアイテムとはハンドベルドコンピュータという名前だいうこと。 そして、それはワタシには扱えないということ。 「あやしい…ものすごくあやしい…これいじょうないほどあやしい…」 もの凄いジト目で私は流星を見る、流星はそれを受け流しながら 「どこが怪しいのでしょうか?ご主人様」 「ワタシがそのハンドベルなんとかを扱えないところよ!なんでよ!使い魔のものはご主人様のものでしょ!」 「ハンドベルドコンピュータですよ。まぁ長いのでCOMPとか呼びますけど」 爽やかに笑いながら答える 「笑いながらシレッと答えるな!!」 バンッ!バンッ! 思わずテーブルを叩く。 一応状況を確認しておこう。落ち着くためにも必須だわ。 まずここはワタシの部屋。テーブルを挟んでイスに座っている。 そしてテーブルの上にCOMPとかいうもの。 時間はもうすぐ寝る時間だ。 コイツは夕飯まえからコッパゲに連れて行かれていった。 おかげでこんな時間に尋問…じゃない質問タイムになってしまったのだ。 「ああ、マグネタイトの性質で本人確認しますから」 やっぱり笑いながら答える コイツは…今なら殺意の波動に目覚められるわね。 「マグネタイトって何よ!」 もう質問じゃなくて怒鳴り声になっている。 「生体磁気と呼ばれる生物の精神活動エナジー。激しい感情の変動を起こし得る生物が多く持つものです。ご主人様はたくさん持ってると思いますよ」 「そんなわけのわからない物持っていても、しょうがない「魔力といってもいいかなぁ」なんですって!?」 思わず流星の胸倉をつかんで締め上げる。 ワタシは魔法が使えない、というか使っても必ず爆発する。そのワタシが大量に持っている気にならないわけがない! 「苦しい…、あ…とテーブルの上に乗るのはやめたほうが「うーるーさーい!」」 確かにいつまでもテーブルの上にいてもしょうがないので降りてイスに戻る。 「早くマグネタイトの事を説明しなさいよ!」 「ええとですね、MAGつまりマグネタイトのことですが強力な魔力を持っている悪魔…じゃない、人間が大量に持ってることが多いのです。わかっていただけましたか?」 知りたいのはそういうことじゃない! 「持っているなら魔法を使えるわよね?」 「そうとは限りません、別に魔法を使えない人でも持っているときは持ってますから」 だめだ…それじゃあ意味がない……… …マグネタイトの説明を思い返してみると、悪魔って言葉がでてきたわね… 「悪魔っていわなかった?」 「強大な力を持ってる魔術師は悪魔のようなものですし」 顔を下に向けて自分の上着を直しながら答えた。 「そういえばなんで強大な魔術師たちが持ってるって知ってるの?もしかしてメイジキラー…ってそんなわけないわよね」 「もちろんです。COMPを貰った時に説明されました。本人以外に使えないのは盗まれても使えないようにという防犯でしょうね、たぶん」 服を直し終わってやっと顔を上げる、ワタシはそんな使い魔の目を覗き込みながらさらに質問を続ける。 「COMPは何ができるの?」 「ええと、アイテム管理とマッピングです」 ジト目で流星を観察する、嘘は言ってはないみたいね。 「アイテム管理って、アンタ鞄も何も持ってないじゃない」 「COMPの中に入ってますよ」 思い切り睨みつけ、乗馬用の鞭を取り出す。 「アンタ、馬鹿にしてるでしょ…すこーし教育が必要みたいね…」 「嘘は言ってないんですよ、実演しますから」 そういってテーブルの上のCOMPを身につけ手を二、三度開くと変な石ころが手のひらの上に乗っている。 「ちょ、ちょっと、どういうことよ?」 魔法?手品?わけがわからない。 「デジタルデータとして格納しているので」 「意味がわからないわよ、わかるように説明しなさいよ!」 「私もわからないんですよ。料理の作り方はわからなくても、食べることはできる。そういうことです。」 ん~~~納得がいかないけれど使えるのらばいいか…? あ~~でもやっぱり知りたいし… でも、わからないものは説明なんてできるわけないし… 「まぁ、これ一個だけじゃありませんけどね」 「COMPの中にはほかにも何か入っているの!?」 何か驚くようなものがあるかもしれない、気に入らないが驚いてばかりだ。 「いくつかの銃、マジックアイテムですかねぇ」 「マジックアイテム!?それよ!それ!早く出しなさいよ!」思わず立ち上がり、叫んでしまった。 「いくつかはコルベール先生に譲りましたよ。」 「何勝手に人に上げてるのよ!今度からはワタシの許可を求めなさいよ!」 「理不尽すぎますよ…ご主人様」 睨み付けたら黙った。 「全部あげたわけではないですよ、今あるのは攻撃・回復系統ですかね」 「それどんなやつよ?」 胡散臭そうに流星を見てしまう。 「回復系統は魔力のこもった石ですよ、今出したやつです。傷をある程度までなら瞬時に治せますよ」 相変わらず笑ったまま答える。 「攻撃系統は?」 色とりどりの石をテーブルに転がす 「それぞれ、炎、氷結、電撃、衝撃ですね」 「全部貰っておくわね~♪」 「どうぞ……」 …まぁ、完全にはずれではないけど完全に当りでもないといったとこかしら… まぁ、マジックアイテムと銃があるなら少しは戦えるか… 「って銃!?アンタ銃なんか持ってるの?」 そうだわ、コイツ銃って言った。 「何なのよ、アンタ盗賊?傭兵?そういえばその胸の紋章もどういうことよ?」 すっかり、マジックアイテムに気をとられてしまった。 「一応学生ですよ、ノモスは物騒なところでしたので。この胸の紋章は通っていた学校のものです。」 「学校?アンタ、貴族なの?そうは見えないけど?」 高貴さといったものがコイツから見受けられない、まかり間違って貴族だったとしてもウチよりは家柄は低そうだ。 「平民ってやつですね、ここでの身分は。ただ私の住んでた所では平民も学校に行くんです」 苦笑いしながら答える。 「日本にしろノモスにしろ身分制度はなかったり、実力のほうが評価されるんでこっちのことはよくわかりませんが」 「じゃあ、ご主人様がここの常識というものを教えてあげるわ」 ここは主人としての威光を示すところよね。 「ご教授のほどよろしくお願いします。ご主人様」まっすぐとこっちの目を見てくる。 これが優越感なのかしら、人に物を教えるなんてしたことなかったし。 自然と笑いがこぼれてくるのを抑えられない。 「ご主人様?どうなさいました?」 「えっ、な、なんでもないわ。まずは…」 「…というわけよ。駆け足だったけどわかった?何か質問ある?」 できる限り短くまとめたつもりだったけど、ずいぶんと夜も更けてしまった。 「はい、大丈夫だと思います。それにしても教えるが上手ですね。」 称賛のまなざしで見てくる。こんなこと初めてね… コイツはいい使い魔だ。気持ちよくしてくれるし。 でも、躾とはべつよね。さっきとは別の気持ちから笑いがこみ上げてくる。 「じゃあ、もう遅いから寝ましょう。あんたは床ね、ベッドはひとつしかないんだから」 ワタシは床に敷いた藁を指差した。 「はい、わかりました」 あ、あれ?不満を言ってきたのを躾という予定は?スルーの魔法? ワタシはネグリジェに着替えながら、流星のほうを見る。 COMPつけて、上着を毛布代わりにして寝る仕度をしている。 「アンタ、寝るときにもそれをつけて寝るの?」 「いつでもつけておかないと落ち着かないんですよ、ノモスではいつ襲われるかわかりませんでしたし」 ノモスってどんだけ治安が悪いのよ… 「ああ、ついでにこれを洗濯しておいてね」 流星に投げて渡す。 「はい、わかりました。お休みなさいませ、ご主人様」 こちらに一礼してくる流星。 完全なまでの従順。全く反抗する気がないのか? 何の反抗もないのも物足りないわね。自分だけが空回りしてる気になってくるわ。 「じゃあ、おやすみ。流星」 パチン、指を鳴らしてランプを消す。 人間だから楽に会話できるけどこんな使い魔で立派なメイジになれるのかしら? まぁいいわ、まだ時間はいっぱいあるんだから明日にしよう。 精神的に疲れたし…明日こそ…鞭を…使い…た…い… 危険なことを考えながらルイズは眠りについたのだった…
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6639.html
前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ 色とりどりのドレス、煌びやかな飾り付け、かぐわしい香りの花、舌をとろかす料理。 ニューカッスル城のホールにはパーティに必要なものが全て揃っていた。 それなのにルイズはそこに華やかさよりも寂しさを感じていた。 「私と一曲躍っていただけませんか」 壁の花となっていたルイズの前にワルドが跪き、ダンスを求める。 「はい、ワルド様。お受けいたします」 受けはしたものの、それは貴族としての礼儀よりも、ワルドの慕う心よりも、体の芯に寒さを感じるような寂しさを紛らわすためだったかも知れない。 ホールの真ん中に出ると楽団が曲をダンスのためにものに変える。 ルイズはワルドの手を取ると習い覚えたステップを踏んだ。 ──ああ、そうか。 そうやってワルドにリードを任せているとルイズはだんだんと寂しさの理由がわかってきた。 ──寂しい、はずよね。 ここでパーティを楽しんでいる人の多くは、明日戦いに出る。 わずか数百で万を超えるレコン・キスタの軍と戦うのだ。 そして、いなくなってしまう。生きては帰れない。 そう思うと、このホールに居る人が突然少なくなったように思えた。 「うまくなったね。ルイズ」 寂しさに怯えるルイズはワルドのの手を握る手に力を込めた。 闇の中には光を灯す金の三角形がある。 それはフェイトの持つインテリジェンスデバイス、バルディッシュのもう一つの形である。 バルディッシュより放たれる光は、やがてその上に像を結びつつあった。 四角い像の中に、文字や図形を描き出すそれが何かを知るものは本来ハルケギニアにはいない。 だが、当然と言うべきかその持ち主のフェイトはそれが空間モニターと呼ばれる様々な情報を表示するためのものだと知っているし、その情報を加工も術すら身につけている。 フェイトの手が空間モニターの上を動き、そこに表示された文字列を組み替え、新たな数字に変えていく。 時にバルディッシュ自身もフェイトの指示に従い新たにプログラムを作っていく。 それを繰り返すうち、空間モニターに表示されていた歪な図形は形を整え、ぎこちなかった動きも滑らかさを獲得していった。 ごそり、と音がする。 フェイトは手のひらを閉じ、その中にバルディッシュを隠した。 「ん、ん……ん」 何か予感でもあったのだろうか。 まだ星と月が空にある時間だというのにキュルケは目を覚ました。 横にあるタバサを寝かせたベッドの上をを見る。 そこでタバサは上半身を起こし、いつもと同じ眼鏡をかけた目でキュルケを見ていた。 「元気になった?」 キュルケの友人は言葉を返すことなく、ただ頷くだけで答える。 「そう」 キュルケにはそれで口数の少ないこの少女が体力をわずかでも取り戻したことを理解した。 「ねえ、タバサ。もう、トリステインに帰る?」 タバサは沈黙でキュルケに先を促す。 「そりゃ、ルイズのことは心配よ。私も絶対に助けるつもりでいたわ。でもね、あなたが倒れてしまうなんて考えてなかったのよ。そんなに無理はしなくていいのよ」 「やめない」 それはタバサがこの夜に初めて口にした言葉だった。 「ルイズを助けに行く。私なら平気」 その短い言葉の中にキュルケは決心を感じた。それだけのつきあいはしてきたつもりだ。 「そう……なら」 キュルケはタバサの肩に手を当てベッドに身を横たえさせ、毛布を肩まで引き上げた。 「朝まで寝ましょう。そうでないとまた倒れちゃうわよ」 それだけ言うとキュルケも自分の布団の中に潜り込み、目を閉じてしまう。 そのまま目を閉じるタバサも体に残っていた疲れですぐに眠りに落ちていった。 ギーシュもまた夜中に目を覚ましていた。 正確には眠れないでいた。 レコン・キスタから逃れるためにした曲芸飛行のおかげで目が冴えてしまってしかたがない。 目を閉じると体が浮いてぐるぐる回るような気分になってしまうのだ。 どうやっても眠れないとギーシュはしょうがないと少し散歩をすることにした。 ──まるであの時みたいだ。 ユーノは初めてルイズと出会った時のことを思いだしていた。 窓から射し込んでくる二つの月も、フェレットに変身したまま寝かされている藁を詰めた箱もあの時と同じように思えた。 だが箱の前にいるのはルイズではない。 金髪のとがった耳を持つ少女が淡く光る指輪を手にして静かに祈っていた。 「君は……だれ?」 「きゃっ!」 少女は小さく悲鳴を上げる。 思わず息をのんだ少女は、目を丸くしてユーノをしげしげと見つめた。 「話せる……の?」 「うん。話せるよ。君は誰?ここはどこ?」 少女はすぐに落ち着きを取り戻し、ユーノの質問に答えた。 「私はティファニア。ここはアルビオンのウェストウッド村よ」 「アルビオン?そうだ、ルイズを追わないと!」 ユーノは箱を飛び出し床に降りる。 「あ、待って」 ティファニアがユーノを止めようとすると、フェレットの体は光に包まれその姿を剣を背負った人間の少年の姿に変えた。 「え?ええっ!」 驚くティファニアの前で少年は立ち上がろうとするが、すぐに膝を崩してしまう。 床にうずくまったユーノは体のあちこちから感じる痛みで自分の傷がまだ癒えてないことを思いだした。 「だめよ。まだ治ってないもの」 「でもルイズを助けに行かないと!」 焦りをあらわにするユーノにティファニアはわがままな弟を諭す姉のように顔を近づけた。 「この指輪であなたを治していたの。だから、もうちょっと待って」 「その指輪で?」 「ええ」 ティファニアが指輪をそっと撫でると光が再び灯る。 その光がユーノを照らすと、痛みがすっと消えていった。 「あ……。ありがとう」 「いいのよ。今度は背中ね」 ティファニアの温かい手が背中に当たる。 すると、ろくに力が入らなかった背中にもすぐに力が戻って来た。 「あなたの名前も教えて欲しいな」 「うん。僕はね──」 その時、扉がが音もなく開いた。 誰かが開いたというわけではない。そよいだ風の手がわずかに悪戯をしただけだ。 だからそれを止めようとする者は誰もいなかったし、そこにいた誰もがごく自然に動く扉を見ていた。 扉のすぐ外に呆然とギーシュが立っていた。 顔を引きつらせたギーシュの足は震えている。 そんな足なのに、ギーシュは 「ひぃっ」 と怯えた声を出して逃げだそうとした。 「どうしよう」 怯えたのはティファニアも同じだった。 「見られちゃった」 すっかり慌ててしまったのだろう。 ティファニアは立ち上がったもののおろおろして足踏みをするばかりだ。 「待って!」 慌てたのはユーノも一緒だった。 もしティファニアが先に「見られちゃった」と言わなかったらそれはユーノが口にしていた言葉だ。 「チェーン・バインド」 だから、ユーノは魔法でギーシュをその場に縛り付ける。 「き、き、き、きみは!」 「あのね、ギーシュさん。落ち着いて」 と言ってみたが、ギーシュは全く落ち着く様子がない。 光の鎖に縛られて床に座り込んだままティファニアを見上げて奥歯をかちかちと鳴らしていた。 「君はユーノ?なんで……こんな所に?まさか……だったら……」 「落ち着いてよ。ギーシュさん。僕の話を聞いて。みんなにばれちゃうから」 「だが、だが、エルフが、エルフと……何をしているんだ?まさか……君もエルフ?エルフが何を?」 青ざめているのであろうギーシュの顔は青い月に照らされていっそう青く見える。 同時に月の光と夜の闇はギーシュの恐怖を煽っていた。 「ごめんなさい」 呟くように謝るティファニアの目は沈んでいた。 そして、手には小さな杖が握られていた。 「怖がらせてしまって……すぐに怖くないようにするから」 ナウシド・イサ・エイワーズ ティファニアの口から歌が漏れる ハガラズ・ユル・ペオグ だが、それは歌ではない。 ニード・イス・アルジーズ ギーシュに怯えを一時、忘れさせるような美しい調べを持つそれは呪文だ ベルカナ・マン・ラグー ティファニアが杖を振り下ろす。 すると、ギーシュは首をかくんと落とし、すぐに虚ろな目で首を起こした。 「あれ?僕は何を?」 ティファニアがユーノを見て頷く。 その意味するところを理解したユーノは魔法で作った光の鎖を消した。 「ギーシュさん。寝室はあちらですよ」 「そうだったね。これは失礼した」 ふらふらと、それでも怯えていた時よりはずっとしっかりした足取りでギーシュは自分にあてがわれた小屋の方に歩いていった。 「なにをしたの?」 「ギーシュさんの記憶を奪ったの」 「記憶……」 「私とあなたをここで見た記憶よ。それから、私がエルフだって記憶。エルフは嫌われているから」 そう言うティファニアはどこか悲しげだった。 「僕はいいの?」 「あ……でも、あなたは私を怖がらなかったから。でも、どうして?」 「どうしてって、怖くなかったから」 ユーノもエルフのことは知らないわけではない。 魔法学院で読んだ資料の中にはエルフに関して書かれていた物も多い。 いずれの本もエルフの恐ろしさについて書かれており、中には悪魔とすら書いていた物もあった。 だがユーノはその記述を鵜呑みにはしなかった。 というのも敵対している種族を悪魔として記述するというのは決して珍しいことではなく、ユーノは考古学的な資料でそのような物を読む機会も多かったからだ。 「それに怪我を治してくれたし」 「そっか、そうよね」 月明かりだけではティファニアの顔はよく見えなかったが、彼女の目にあった陰りが少しだけ晴れていた。 「そうだ、あなたのことも秘密でいいのよね。ギーシュさんの記憶から消しちゃったんだけど」 「うん。ありがとう。誰にも知られたくないんだ」 「よかった。だったら、続きね。ちゃんと治さないと」 再び指輪の光が強くなる。 ティファニアはユーノの体の傷の一つ一つを指輪を嵌めた手さわっていく。 「私、あなたの名前聞いてなかった」 「僕の名前はユーノ・スクライアって言うんだ」 「いい名前ね」 その手はまるで春のお日様のように温かくて、ユーノは次第にうつらうつらと眠気を覚えていった。 だからティファニアのつぶやきには気付かなかった。 「ユーノくん。韻竜みたいに言葉を話すフェレット、か」 前ページ次ページ魔法少女リリカルルイズ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2089.html
「 う 」 痛みに目を覚ます。 突き刺すような痛みが手と足と、右半身を襲う。 アニエスの目に入ってきたのは、何の変哲もない宿舎の天井だった。 まるで永い眠りから覚めたようだな、と思って目を閉じた。 眠っている間、何か不思議な夢を見ていた気がする、たしかそう、地下通路でリッシュモンの胸に深々と剣を突き刺したところで……… アニエスが目を見開き、勢いよく体を起こした。 ばさっ、と音を立てて布団が床に落ちると、ほぼ同時にアニエスは体の痛みに耐えかねて声にならない悲鳴を口から漏らした。 「…………っ」 「気がつかれましたか? 外傷は治癒されましたが、まだ痛みは残りますので、安静に…」 そう言いながらアニエスの体を支えようとしたのは、アニエスの世話を仰せつかったのであろう、アンリエッタの侍女だった。 たかがシュヴァリエに過ぎないアニエスに、わざわざ侍女を使わせるという事自体、かなり破格の待遇なのだが、アニエスにはそんなことを気にしている余裕は無かった。 「今は、今日は何日だ、時間は!?」 アニエスは差し出された侍女の手をきつく握りしめ、声を荒げた。 今はいつだろうか、私はどれぐらい眠っていた? 隊員達は報告をすませたのだろうか、ルイズ達はあの後どうなったのか、リッシュモンの屋敷から虐殺にかんする資料は出てこなかっただろうか… と、アニエスの脳裏にさまざまな思いが浮かび上がる。 こうなるとアニエスは寝ていられない、ベッドから飛び起きたアニエスを見て、侍女は『まだ怪我が完治していない』と渋ったが、アニエスは頑固に『もう治った』と言って聞かなかった。 アニエスは詰め所に残った隊員達に、自分が気絶してからのことを事細かに聞いてから、アンリエッタに謁見すべく衣服を整えて王宮の中枢部へと向かった。 王宮の裏手に、ひっそりと建てられている宿舎から外に出ると、空にはさんさんと太陽が輝いていた。 薄暗い宿舎で寝かされていたアニエスにとって、丸二日ぶりの太陽だった。 一方、魅惑の妖精亭では、ルイズとワルドの二人が、最後の仕事をしていた。 「寂しくなるわねー、またいつでも遊びに来て良いのよ」 手を左の頬に当てつつ、からだをくねらせるスカロンに、ワルドは笑いながら答えていた。 「機会があれば客として来させて貰うさ」 そう答えながらも、ワルドは慣れた手つきでモップを扱い、床を掃除していく。 薄茶色のシャツに黒いズボン姿のワルドは、誰が見ても魔法衛士隊の元隊長だと思わないだろう。 ワルドが床に向けていた顔を上げると、ルイズとジェシカが楽しそうに話をしながら、今晩の仕込みをしているのが見えた。 「それにしても驚いたわ、まさかロイズ(ルイズ)とロイド(ワルド)さんが、女王陛下の密命でこの店に潜入してたなんて」 大きな鍋の中身を、これまた大きなおたまでかき回しつつジェシカが喋る。 ルイズは野菜を刻みつつ、苦笑した。 「もう、その話絶対に他の人に言っちゃだめよ」 「解ってるわよ、貴方たちは駆け落ちして家を出奔した元貴族で、追っ手が来たから逃げ出した…これでOKよね」 「うん。あと、女王陛下の評判とかも、時々アニエスが聞きに来るから、変な遠慮はしないでちゃんと伝えてね」 ジェシカはおたまを鍋のふちに引っかけると、腕をまくり力こぶを作るような仕草をした。 「任せて! チュレンヌみたいな悪徳貴族が減るなら、幾らでも手伝っちゃうわよ」 「ふふ…でも、無理はしないでね、貴方ってすぐ人の事情を知りたがるんだもの」 「えへへ。 ……ロイズこそ無理はしないでね。貴方のこと、けっこう好きだもの」 「やめてよ、はずかしいわ」 「またお化粧教えてあげる、だからまた遊びに来てね」 「……機会があったら、遊びに来るわ。いつになるか解らないけど」 ほんの少しだけ寂しそうに見えたが、ルイズはそのとき、ハッキリとジェシカに笑みを返していた。 仕込みと掃除を終えた二人は、謝礼とばかりに金貨を置いていこうとした。 袋に詰められた金貨は少なく見積もっても100枚はある、これだけあれば大通りの一等地にお店を出せるかもしれない。 だがスカロンは袋の中から金貨を一枚取り出すと、残りをルイズに返した。 それでは困る、と食い下がるルイズに、ジェシカがこう説明した。 「急に金回りが良くなったら、うちの店で何かがあったって怪しまれるでしょ? お金は欲しいけど、私達はそんなつもりで二人を匿った訳じゃないもの。これは二人分の食事代として貰っておくわ」 ワルドが苦笑して、半分呆れたように呟いた。 「ずいぶんとお人好しだな」 「まったくね。欲がないのはいいけど…」 ルイズもため息をつきつつ呟いたが、ルイズはジェシカとスカロンの瞳に、商売人としてのプライドを見た。 伊達や酔狂で、金を受け取らない訳ではないのだ、スカロンもジェシカも、そこらの貴族に負けないぐらい商売に誇りを持っているのだろう。 「じゃ、さよなら」 「うん、またね」 ルイズの”さよなら”に、ジェシカが”またね”と返す。 そんな小さな心遣いが嬉しくて、ルイズはフードの中で顔を綻ばせた。 二人は、ジェシカとスカロンに見送りを断ると、『魅惑の妖精亭』裏口から外へ出た。 辺りに気を配りながら裏通りを歩いていく、その途中、ワルドが小声でルイズに問いかけた。 「記憶を消さないで良かったのかい」 ワルドの言葉に、ルイズの表情が曇った。 「わたしって、詰めが甘いと思う?」 ルイズが聞き返すと、ワルドは申し訳なさそうに呟いた。 「いや、そういう訳じゃないんだ。理由を聞きたかった」 ルイズは名残惜しそうに自分の顔を撫でた。 数日の間、ロイズとして過ごしていた時間。 それはとても名残惜しく、そして寂しかった。 「…わたし、あの店で働いて、すごく楽しかった。。ジェシカや、みんなが私に世話を焼いてくれた、働けば働いただけ給金がもらえて、みんなに認められるのが嬉しかった。 でも、そのせいで…魔法学院の級友と、もっと仲良くしておけばよかった、もっと友達がいたらよかった……そんな思いが私の奥底から吹き出してきたのよ…」 「ルイズ…」 ワルドは、そっとルイズの肩に手を回した。 「覚えて居て欲しかったの…わたしを」 そこにいるのは、レコン・キスタを恐怖させた『騎士』でもなければ、ワルドを脅かした『石仮面』でもなかった。 そこにいたのは、虚勢の仮面が剥がれ、涙で顔をくしゃくしゃにした、ただのルイズだった。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2576.html
”白炎のメンヌヴィル”達による、トリステイン魔法学院襲撃から数日。 敵陣の中に乗り込み、貴族子女を人質に取る大胆かつ卑劣な行いに、ある者は恐怖しある者は怒りをあらわにした。 魔法学院には、トリステインだけでなく近隣小国の血筋も在籍しており、アルビオン帝国討つべしとの声はますます高まっていった。 「こんな大事なときに、何もできなかったなんて、僕は…」 そんな中、王軍の士官候補生が寝泊まりしている宿舎で、ギーシュ・ド・グラモンは己の不甲斐なさに落ち込み、枕を涙でぬらしていた。 王軍への申し込みを行った生徒たちは、即席の士官教育を受けている真っ最中であり、これが終わり次第各軍に配属される。 ギーシュは、トリステイン貴族としての責務から王軍への参加を決意したが、守るべき子女を守るからこその王軍である、戦うべき男が戦う機会も得られず、魔法学院が襲撃されたと聞いては落ち着いては居られなかった。 しかも、ギーシュがこの噂を聞いた時には、銃士隊の手で事件は解決しており人質は皆解放されている。 銃士隊数人と、教師一人が命を失ったものの、生徒への被害はほぼゼロであった。 ギーシュはその事にほっとしながらも、肝心な時に何もできなかったと悔やんでいた。 あの『ゼロのルイズ』が死んだという事件が、死へのリアリティを増していった、モンモランシーが死んでしまったら自分はどうしただろう? 今までにないほど、ギーシュは己の無力を責めていた。 ゼロのルイズが死んだあの事件は、良くも悪くも、魔法学院の学生達に影響を与えていた…。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 同じ頃、トリステインの王宮では、アンリエッタが多数の報告書に目を通していた。 右の肘を肘掛けにつけて、欠伸をするアンリエッタを、隣に座るもう一人のアンリエッタがたしなめた。 お返しとばかりに、欠伸をしていたアンリエッタは、ため息をつきながら書類に目を通すアンリエッタの頬に指を当て、柔らかく、魅力的な感触を楽しんだ。 「なあに?」 「ため息が癖になる前に、殿下の所へ行って気を休めてきたら?」 「…そ、それはできませんわ。殿下もアルビオンから亡命した方々の対処に、空軍への協力要請に応じたり、それはもう忙しいのですから、今はもう休んでいるでしょうし、私が行ったらかえって迷惑を」 「あらあら」 殿下、と聞いただけで顔を赤くするアンリエッタを見て、まるで少女のようだと思えた。 近しい者が見比べても、どちらが本物のアンリエッタか、すぐには解らないだろう。 あえて区別するなら…お淑やかなのがアンリエッタ本人でで、どこかラフな雰囲気を漂わせているのがルイズの変装、アンリエッタの影武者である。 「それにしても、きりがないわね」 書類の束に目をやり、ルイズが呟いた。 ルイズは高等法院リッシュモンの事件から今までの事を整理しつつ、書類に目を通していく。 リッシュモンは『逮捕に抵抗し死亡』したが、王宮の発表では『自殺』したことになっている。 勘のいい貴族はリッシュモンが自殺したなどと考えないだろう、動かぬ証拠を突きつけられ処刑されたか、自殺以外の道を封じられたと思うはずだ。 事実、リッシュモン以外にも汚職に手を染めた貴族がいるのは解っているのだが、密約や取引の決定的な証拠が隠され、見つけられないのだ。 また、商人との結びつきが強く、独自のネットワークを持つ地方貴族に対しては、ほとんど手を出せないのが実情であった。 中には慣習として、半ば公認になっている賄賂や寄付、贈答の挨拶と言ったものもあり、国庫から流出した金、物品を追跡するのは不可能に近い。 そこで活躍したのが、トリステインの財務卿、デムリである。 銃士隊、ルイズ、ワルド、監査の役割を与えられた魔法衛士隊が集めた、膨大な資料に目を通し、汚職と思しき点をピックアップしていった。 その裏を取るのがアニエス率いる銃士隊の面々である、アンリエッタ直属とされている銃士隊も、多くは元女傭兵であり、彼女らが根を張った傭兵同士のネットワークは商人に及ばないまでも優秀であった。。 護衛として雇われる傭兵は、頭数をそろえるため互いに情報交換をしており、金の動きに敏感なのだ メイジのみで構成された『白炎のメンヌヴィル』率いる傭兵団などは、仕事が向こうからやってくるのだが、これは別格である。 ルイズが目を通している、銃士隊からの特別な報告書は、汚職に関する最終報告とも言うべきもの。膨大な金額の羅列に嫌気が差しそうになるのも、無理はない。 しばらく書類を読み進めていたルイズは、ふうんと鼻を鳴らした。 「手紙を読む限りでは、大義名分を気にしているのは貴族だけね。解っては居たことだけど…」 と言いながら、報告書の束をアンリエッタに渡す。 これは王軍の下級士官から師団長への上申書であり、本来ならアンリエッタの元にまで届けられるような物ではない。 大将命令で部隊を編成することになった士官が、予定額の予算を与えられず装備が調えられぬので監査を願う、という内容である。 また他の書簡には、傭兵の数が多すぎて士官が足りず、命令系統に著しい混乱をきたすのは明白である、といった古参兵からの意見もあった。 資料には監査の役を与えられている魔法衛士のメモ書きが添えられ、『封も開けられず処分されていたもの』と書かれている。 先ほどまでルイズが見ていた書類を、アンリエッタが手に取る。 中身を一通り読むと。 「これらの意見、吟味された上で却下されるならまだしも、封も開かずに処分されるなんて…」 嘆かわしい、と呟いてため息をついた。 アンリエッタが、自分の手に届かないはずの書類に目を通しているのには、訳があった。 遠征軍の出立は内々で既に決まっており、年末ウィンの月の第一週、マンの曜日がその日である。 しかし魔法学院が襲撃されるなどの事件が起こり、レコン・キスタ許すまじ、アルビオン帝国討伐の世論が広まっていき、遠征を前倒しにする声が高まっていく。 ヴァリエール公爵を筆頭に、少数の有力貴族が『戦争の前倒しは兵を混乱させる』という立場を取ったお陰で予定を崩さずに済んだが、ここでまた別の懸念が浮かび上がってきた。 アルビオン人への強烈な嫌悪である。 ルイズはまた別の書簡と、それに関連する報告書を纏め、アンリエッタに手渡した。 「アルビオン人への印象は非常に悪いわね。タルブ戦以前にラ・ロシェールに疎開した人に暴行…えん罪。いくら何でも印象が悪すぎるわ」 「…彼らが戦争を起こしたわけでもないのに」 報告書に目を通したアンリエッタが、悲しそうに呟いた。 「民が噂に左右され、暴徒と化すなんて、歴史をひもとけばよくあることでしょう。レコン・キスタはその『噂』を武器にしてトリステインを揺さぶっているのよ」 ルイズは報告書に目を通しながら、自分の考えを語る。 「………」 アンリエッタは沈黙した。得体の知れない噂に左右されて道を誤った貴族も少なくはない、もしかしたら自分も…と考えてしまったのだ。 黙っているアンリエッタの隣で、ルイズは何かに気づき、特定の報告書と貴族からの書簡を重ねてアンリエッタに見せた。 「アン、ちょっとこれ見て」 「…これは?」 「この書簡は、ラ・ロシェール駐屯のメルクス男爵の部隊から、方面司令宛に届けられた書簡よ。内容はね… 『ラ・ロシェール内の酒場でアルビオン人とトリステイン人の衝突があり、兵がこれを鎮圧。主犯と思しきアルビオン人は発見できず、風説を流布し混乱を誘う間諜の恐れがあるためトリスタニアに於いても注意されたし』って所ね」 「ラ・ロシェールでもそんな事が起こっているのですか…」 アンリエッタの言葉に頷きつつ、ルイズが次の報告書を見せる。 「そしてこっちが、ラ・ロシェールに派遣した銃士隊見習いの報告書よ…ええと。 『昼頃、傭兵と思しき集団からアルビオン人に投石があり、市民に波及。 アルビオン人に負傷者が出るもラ・ロシェール自警団が仲裁に入り、夕方には収まる。 夜、一連の騒ぎをアルビオン人による窃盗が原因として、駐屯するメルクス男爵以下十数名の部隊が、疎開したアルビオン人のあばら屋を包囲。 翌朝、騒ぎの責任を取る名目でアルビオン人の一団体およそ24名がラ・ロシェールを出立。 女子供は野に放り出すのは忍びないとして、奉公先を斡旋された模様』」 アンリエッタは頭に?を浮かべた。 「報告書では自警団が間を取り持ったのに、書簡では自分の部下が騒ぎを収めたように書いてあるのですね」 「私は、これが気になるの」 「確かに、こういった矛盾があっては困りますけど」 「この男爵…メルクス男爵は風説の流布を気にして調査を頼むとか、ちょっと切れが良すぎるわ」 アンリエッタは書類を見比べると、ルイズに質問をした。 「…地方貴族の書簡と、銃士隊からの報告書に矛盾があるのは少なくはありませんわ。それに間諜を気にしているのは士官なら当然でなくて?」 ルイズは額に人差し指を当て考え込むような仕草をしてから、こう言った。 「考え過ぎかもしれないけど…。騒ぎの責任を取るため、アルビオン民がラ・ロシェールを離れるのは解るわ、でも子供が奉公先を斡旋されても、具体的な斡旋先が書かれてない。 これってラ・ロシェール以外の場所に斡旋されたんじゃないかしら。これ、騒ぎに乗じて合法的に女子供を”商品”にしようとした商人と、兵士が結託してるんじゃない?」 そういえば…と、アンリエッタが呟く。 「そういえば、メルクス男爵の長男が魔法衛士隊に入れなかったと…誰かから聞いた覚えが…」 「それよ、ワルドの話では、魔法衛士隊に推薦されたものの、結局は訓練に耐えきれず脱走したのよ、確か、ブレッスン…だったかしら」 「その推薦は誰が?」 「リッシュモンよ」 アンリエッタはハッとして、書類を見た。 「タイミングが良すぎるのよ、『私には何のやましい事はありません、国防のため調査隊に来て頂きたいのです!』って、不出来な劇みたいじゃない?」 「言われてみればそうかもしれません、でも、ああ、どうしたら」 「考え過ぎかもしれないけど、遠征前にこの件だけ私が調査してくるわ。ブレッスンには賄賂の疑いはないはずだけど、メルクス男爵は王立魔法研究所にも”寄付”してるじゃない?地方貴族にしてはちょっとねえ」 ルイズの言葉に驚いたのか、アンリエッタが顔を覗き込む。 「貴方が直々に?遠征前の大事な時期なのだから、トリステインに居てほしいのだけど…」 「この間捕らえたアルビオンの間諜も、商人のフリをしてラ・ロシェールから来ているけど、下手に兵を動かしたら逃げられるかもしれない、大事になれば難民との衝突が起こって国内に不穏の種を蒔くことになる。こういう時こそ私が動けばいいのよ」 「そうだけど…今更だけど、あまり危険なことはしてほしくないわ」 困ったような顔でアンリエッタが呟く、するとルイズは不敵な笑みを見せた。 「私がここに居続けたら、女王陛下を甘やかしては困ります!って言われちゃうわよ、枢機卿に」 アンリエッタは、手に持った書簡で口元を隠すと、わざとらしく目を泳がせる。ルイズがその仕草を見て、思わず吹き出した。 「悪いわねアン、貴方の公務手伝えなくて」 書類を纏め終えたルイズが申し訳なさそうに呟くと、アンリエッタはため息をついた。 「ああ、また私一人で財務卿の書類に目を通したり枢機卿のお小言を聞かなければならないのね。ルイズが徹夜で手伝ってくれるからずいぶん体も楽になりましたのに」 昔のように、子供っぽく拗ねるアンリエッタを見て、ルイズが笑った 「良いじゃない、私なんて命がけで敵地に乗り込んだりしてるのよ?」 「王宮で暗殺された王族も少なくないのよ?」 二人はくすりと笑った。 「お互い様ね」 「お互い様ですわ」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 翌朝、ルイズは朝日が昇る前に練兵場へとたどり着くべく、フード付きのマントを着て王宮を出た。 念には念を入れ、フードの中に見える顔も変わっている。以前、魅惑の妖精亭で『ロイズ』を名乗っていた時の姿であった。 身長も166サントに伸ばし、アンリエッタより8サントほど高い、胸は元よりは大きいが、あまり目立たぬよう控えめにしている。 頭髪は水で洗い流しても落ちぬ特殊な染料で茶色く染められており、髪の毛は肩口で切りそろえ、顔立ちも普段よりほんの少し鼻が高く、面長になっている。 口元には黒子もあり、彼女を一目でルイズだと見抜くことはできないだろう。 背中には、デルフリンガーを背負っているが、150サント近くある剣である、どうしても目立ってしまう。 この姿を特に気に入ったつもりはない、しかし、自然とこの姿を選んでしまうのは、自分がこの姿に何らかの思い入れがあるからだろう。 吸血鬼の肉体は人間超越の象徴であり、あらゆる束縛から解放された喜びがある、それは理解できる。 だが、魅惑の妖精亭で平民に混じって働いたこの姿にまで、どうして喜びを感じているのか自分でも解らない。 楽しかったのは事実だが、そもそも、どうして働くことが楽しかったのだろう。ルイズはほんの少し首をかしげた。 日の出前の、もやのかかった大通りは滅多に人が居ない。すれ違うのは、沢山の木箱を乗せた馬車ぐらい。 かぽっ、かぽっ、と石畳を踏みしめて進む馬車から、新鮮な命の香りがして、ルイズはフードの下で微笑んだ。 野菜独特の青臭い香りに、果物の甘い香り、腸詰めにされた肉類の香りが鼻孔をくすぐる。それだけの事なのに、夜明け前の街に命があふれている気がしてくるのだから、不思議なものだ。 夜明け間近、魔法学院の中庭より広い練兵場では、風竜の準備を終えたワルドがルイズを待っていた。 風竜が首を上げ、門の方を見た。 「待たせたみたいね」 「ちょうど準備が済んだ所だ」 門の脇にある通用口から練兵場へと入ったルイズは、風竜を見上げつつ、ワルドに手荷物を渡した。 「任務にあたっての餞別よ」 両手の平に乗るぐらいの袋だが、持ってみるとかなりの重量がある。中身は金貨かと思ったが、それにしては音に違和感がある。 「ほかの街で金貨の両替なんてしていたら、盗賊に目を付けられるからって、両替済みを準備してくれたわ。財務卿のミスタ・デムリが苦心して下さったそうよ」 「なるほど、ありがたいな」 ワルドは金貨の入った袋を開け、ある程度小分けにすると荷物の中にしまい、風竜の背に乗った。 ルイズもまた、無言でワルドの手を取ると、ワルドの後ろへと乗り込む。 「この姿では僕の前に座らせるのは難しいな」 「背に抱きつかれるのより、小さい子を座らせる方がお好み?」 「どちらも男の醍醐味だな」 軽口をたたきつつワルドが手綱で合図をすると、風竜は静かに空へと舞った。 ふわりと空に上がる、風竜はその名の通り飛行に特化した力を持つ、ルイズが後ろを振り向けば、練兵場は既に小さく、間もなくトリステイン全景が見渡せた。 「ヴァリエール公爵が、僕たちを捜しているようだな」 風竜の上でワルドが呟く。 「そうね。公爵家と魔法学院関係は鬼門だから、アンも気を遣ってくれているわ」 「その割には、君は相変わらずおてんばだな。危険な任務をやりたがる」 「人間を見るのは、楽しいもの」 「そうかい? 僕は、嫌なことの方が多い、人間を見るのは好きじゃないよ。君を見ていた方がずっといい」 「嫌なことにまみれていなければ、私なんかが良いとは思わないでしょう?私が輝いて見えるのなら、それは貴方の生き様そのものよ」 「そうだな…そうだ。今更だが、僕は力がほしかった、それと同じぐらい『納得』がほしかったんだ」 ルイズは改めて前を向き、ワルドの背中に抱きついて鼻をひくつかせた。 背中に顔を押しつけて臭いをかぐと、香水の香りに混ざる汗の臭いだと解った。 「…ああ」 「どうかしたか?」 ルイズはワルドの背中に密着して、右の耳元に顔を近づけた。 「良い香りがしたの」 「言われるほど、良い香水は使っていないんだが、好みにでも合ったかい」 「違うわ、人間の生きた香りよ。朝の街で野菜や果物の臭いを嗅いだわ…それと同じ、生きている臭い」 「…もしかして汗臭いかな」 「私の鼻が特別なのよ。普通の人間じゃ気にもしないわ」 「なら、いいんだが」 (私には無い、においだ) 不意に、光が差した。 日の出の明かりが二人を包む。 ルイズはその明かりに、何かを思い出した。 幼い頃、母が乗るマンティコアに乗せられ、赤い空を見た。父親が私を抱き上げ、夕焼けを見せた。 フラッシュバックするその光景は、ルイズの眼から一滴の滴を垂らさせた。 「朝日か…」 朝日に照らされて、朝靄にいくつもの光線が走るのを見て、ワルドが呟いた。 ルイズはフードを被り直し、ワルドの腰に手を回して体を預ける。 「綺麗。でも、目にしみるわ」 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ラ・ロシェールが見えてくると、風竜は高度を下げ、低空飛行に移った。 ルイズは、デルフリンガーをワルドに渡すと、ワルドの体に手を回しデルフリンガーのベルトを取り付けていく。 「預かってて。任務の邪魔にはならないわよ」 『よろしく頼むぜ』 「こちらこそ」 カタカタと鍔を動かして、デルフリンガーが喋る。ルイズがふと何かを思い出し、刀身を半分ほど引き抜いた。 「デルフ、念のため綺麗になっていなさい。実用性のなさそうな格好でもいいわ」 『ん-、こんな感じか』 デルフリンガーは二人の目の前で鈍く輝き、刀身に黄金で彫金されたような、豪華な剣へと変貌した。 「貴族の前に出るんだから、これぐらいのカモフラージュはすべきでしょ」 「なるほど、模様を変えられるのか。長さも変えてくれれば扱いやすいんだが」 ルイズからデルフを受け取り、鞘に仕舞う。 『そう言うなよ』 「冗談だ」 二人のやりとりを見ていたルイズは、ほほえみを見せて呟く。 「じゃ、行ってくるわ」 「また後でな」 ふわりと体を翻し風竜から飛び降りる、低空飛行しているとはいえ、人間が飛び降りて無事では済まない高さだ。 だが、ワルドもデルフリンガーも心配する素振りは見せず、風竜をラ・ロシェールへと進めた。 ルイズは地面に落下する途中、木々の隙間に手を伸ばし枝を掴み、枝のしなりを利用して落下速度を落としていった。 そのお陰か、地面に着地してもドスンと音がするだけで、ほぼ陥没はしてない。 「さて…」 地面に降りたルイズは、ラ・ロシェールに向かって走り出した。 今回、ワルドは要人警護を兼ねた監察任務を与えられている為、同行はできない。 虚無の魔法『イリュージョン』を使って直接ラ・ロシェールの兵舎に入ることも考えたが、それよりは、麓から上がっていった方が気が楽だと思えた。 「まずはアニエスの知古と接触…豪快な人だと言ってたけど、大丈夫かしら?」 街道を通り、ラ・ロシェールの街へと登ったルイズは、街の活気に驚かされた。 トリスタニアとは違う、交通要所である港町独特の活気に包まれている。 笑顔で道行く人に声をかけ、果物や雑貨を売ろうとする街角の店々、そららには一様に笑顔が浮かんでいる。 (案外、街の人は苦しんでないのか) そんな考えが頭をよぎった。 「この野郎!俺の財布をすろうとしやがったな!」 ルイズの楽観的な思案は、街角から聞こえてきた怒声にかき消された、人だかりの向こうから聞こえた声の主は、身長180サント程の浅黒い男であった。労働を主としているのか傭兵か、それなりの筋肉質で、角張ったあごが目立ち、口のまわりには無精髭を生やしている。 年の頃12歳ほどの少年が、男に腕をつかまれ、宙に浮かせている。 少年の服装はお世辞にも綺麗とは言えない、すすで灰色になった帽子を被り、所々が破けた薄茶色の上下を着ている。 じたばたともがく姿は、罠に捕らえられた小動物を連想させた。 「ちがう!俺じゃない!ぶつかっただけだ!」 「この野郎、暴れるんじゃない!」 ルイズが人混みをかき分けて近づくと、男は少年を地面に押しつけて、服の中をごそごそと探り始めた。 「見ろ!これは俺の財布だ、薄汚いガキが、兵隊に突きだしてやる!」 「そんなもの!取ってない!」 男が握りしめた財布を見て、群衆がどよめき始めた。 「またスリか」 「アルビオンの連中がきてから、増えたなあ」 「あのガキも難民じゃないか」 周囲から聞こえてくる声には、あからさまにアルビオンの難民がスリだと印象づけるようなものもあった。 (今の声、誰が?) 声の主を捜し、視線を移していく…すると、数人が『見せ物に飽きたように』人混みから離れていった。 (不自然よね) 「俺じゃ、俺じゃない!スリなんかするか!」 「うるせえ!」 男の拳が頬に当たり鈍い音が聞こえ、少年は「ぶっ」と声を漏らした。抵抗する気力を失ったのか、地面に顔をこすりつけたまま動かない。 「うっ、ううぅ、うう…」 人混みの喧噪にまみれながらも、少年の嗚咽だけははっきりと聞こえた。 ルイズにはどうしても、小ずるいスリの悔し泣きにも、罪を誤魔化す演技にも聞こえなかった、聞き覚えがある気がしてならないのだ、その鳴き声に。 間もなく騒ぎを聞きつけた衛兵が現れ、男が少年を引き渡すと、見物人は興味を失ったとばかりに散っていった。 (あの子には悪いけど、あの男…気になる) フードを被り直し、ルイズは『財布をすられた男』の後を追った。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 夜。 ルイズは古ぼけた酒場の二階で、傭兵時代のアニエスが世話になっていた『コーラ』という女性に会っていた。 彼女はアニエスより年上で、声も腕も太ければ体も太い、豪快で誰からも頼りにされる女将であった。 「あはははは!なんだいアニーの奴手紙なんかよこして、偉くなったもんだねえ!」 アニエスからの手紙を受け取ったコーラは、満面の笑みでルイズの背中を叩いた。 「トリスタニアからじゃ時間がかかったろ?とっておきのエールを入れてやるからちょっと待ってな」 「ええ、あの、ええと」 ルイズは戸惑いながらも、これが”肝っ玉母ちゃん”なのかしら?と、どうでも良い感想を抱いた。 ラ・ロシェールの中では比較的古くから使われている宿らしく、岸壁に作られた倉庫をそのまま利用した部屋は、以外と湿気が少なく快適であった。 「この部屋は昔武器庫だったのさ、奥行きがあったからそのまま住居にしてる。表にせり出した酒場は後から作ったもんなのさ。おかげで建物は小さく見えるけど、奥行きがあって使いやすいのさ」 「そ、そうですか」 女将の迫力に戸惑い、ルイズは話を始めるきっかけを掴めない。その戸惑いが通じたのか、女将はアニエスからの手紙を開き、読み始めた。 「何…なかなか厄介なことになってるねえ。アルビオン難民に暴動を起こさせようと計画している間諜がいるだなんてねえ」 「それで、昨日までこちらに居たエメリーを急遽トリスタニアに呼び戻したのです。代わりに私がラ・ロシェールに滞在することになりました」 「そうかい、まあ無茶はするんだろう、少しならあたしにも手伝えるから、上手くやっておくれ」 「はい」 ルイズは頷いたが、コーラに、ひいてはコーラが女将をしているこの酒場に迷惑をかけるつもりはない。 挨拶を済ませたら宿を転々とするつもりであった。 エールを飲み干して、ふうと息をつく。ふとコーラの表情を伺うと、先ほどより幾分か神妙な面持ちをしていた。 「ところで…一つ、頼みを聞いちゃくれないかい?」 「私に出来ることでしたら」 「実はこの、アルビオン難民に関することなんだよ。ラ・ロシェールの麓の生まれで、アルビオンで酒場を開いた奴がいてねえ。そいつから子供を疎開させてほしいと頼まれたんだ」 「疎開?」 ルイズの脳裏に何かが浮かんだ。 「もうラ・ロシェールも戦火にまみれてる。別の村にでも疎開させようとしたんだけどねぇ……酒場で働きたい、父さんみたいになりたい!って言って聞かなくてねえ」 「アルビオンから、酒場の子が、疎開…」 ルイズの脳裏に、ちくりとする何かが浮かび上がった。 「そうさ。あたしは行ったことも無いんだけどね。アルビオンの首都にほど近い、街道沿いの場所に酒場を開いて、繁盛していたらしいよ」 「アルビオンの首都、ロンディニウム…」 『ジョーンズ、マスターに会ったのはいつだ?』 『…月ぐらい前だ、ブルリン、お前は?』 『俺もそれぐらいだ…なあ、マスターの息子はどうなったか知らないか』 『一足先にラ・ロシェール近くの村に疎開してるよ、マスターの故郷らしい。ところでマスターは?』 『…カウンターの裏で、瓦礫に潰されて…』 To Be Continued→ 72< 目次 >74